《黄金の子牛の礼拝》とは|プッサンが描いた信仰の逸脱

《黄金の子牛の礼拝(英:The Adoration of the Golden Calf)》は、フランスの画家ニコラ・プッサンが1633年から34年にかけて手がけた油彩画で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。モーセがシナイ山で十戒を授かっているあいだ、待ちきれなくなった民が金の子牛像を作り、それを崇めて踊り狂うという「出エジプト記」の一場面を描いたこの絵は、古代彫刻を思わせる人物表現で知られている。今回はこの絵が生まれた経緯と、対となる作品との関係、そして近年この絵に降りかかった思わぬ受難について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者ニコラ・プッサン(1594〜1665)
制作年1633〜34年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ約154×214cm
所蔵ナショナル・ギャラリー(ロンドン)収蔵番号NG5597
主題「出エジプト記」32章に基づく偶像崇拝の場面

一言でいうと

律法を授かるはずのモーセを待ちきれず、民が偽りの神を作り上げて踊り狂う。信仰が一瞬にして見世物へと堕落してしまう、その転換の瞬間を描いた1枚。

制作背景

「紅海の渡渉」と対をなす作品として

この絵は、プッサンの主要な後援者だったローマの収集家カッシアーノ・ダル・ポッツォの従兄弟にあたる、トリノのアマデーオ・ダル・ポッツォの依頼によって、対作品「紅海の渡渉」とともに制作された。1685年までにこの対はロレーヌ騎士の所有となり、1710年にはブニーニュ・ド・ラゴワ・ド・ブルトンヴィリエが購入している。1741年にはジェイコブ・ブーヴェリー卿が買い取り、以後1945年までラドナー伯爵家がこの対を代々所有し続けた。

240年ぶりに引き離された2枚

1945年、この2枚の対作品は初めて分離されることになった。《黄金の子牛の礼拝》はロンドンのナショナル・ギャラリーが1万ポンドで購入し(その半額はアート・ファンドの助成による)、対となる「紅海の渡渉」は同じ年の競売でオーストラリアのヴィクトリア国立美術館の手に渡った。長らく一対として扱われてきた2枚が、この時から別々の大陸で保管されることになったのである。

古代彫刻への傾倒

この絵の踊る人物たちの筋肉質な体、流れるような衣のひだ、そして帯状の浮彫を思わせる人物配置には、プッサンが古代彫刻に寄せていた強い関心がはっきりと表れている。彼はローマで古代美術を研究し、その造形原理を自らの絵画表現に取り込んでいった。

見どころ

中央にそびえる黄金の子牛

画面中央、台座の上に金色の子牛像が据えられ、光を受けて輝いている。この偶像を中心に、踊り手や楽器を奏でる者、崇拝する群衆が渦を巻くように配置されており、信仰の対象が神から偶像へとすり替わってしまった瞬間が視覚化されている。

祭壇の周りで踊る人々

画面手前では、腕を組み合った男女が輪になって踊っている。「出エジプト記」32章19節には、モーセが子牛と踊りの様子を目にして怒り、授かった石板を砕いたと記されており、この踊りの描写はまさにその怒りを引き起こした場面そのものだ。

目立つ位置に立つアロン

画面中央には、白い衣をまとった祭司アロンの姿が描かれている。プッサンはアロンを単なる背景の傍観者としてではなく、祭壇とともに踊り手たちが回転する軸となる、より目立つ位置に配置しており、この偶像崇拝における大祭司の責任を強調する構成になっている。

2011年のスプレー破損事件

この絵は2011年7月17日、ナショナル・ギャラリーの第19室で、隣に展示されていたプッサンの別作品「羊飼いの礼拝」とともに、赤いスプレー塗料で汚損されるという事件に見舞われた。犯人はスプレーを吹きかけたのち、逮捕されるまでその場に立ち尽くして自らの「作品」を眺めていたと伝えられている。

実際に見るには

本作はロンドンのナショナル・ギャラリー第19室に所蔵されている。対をなす「紅海の渡渉」はオーストラリア・メルボルンのヴィクトリア国立美術館に所蔵されており、1945年に分かれて以来、2枚が再び同じ場所で並んで展示される機会はごく限られている。

よくある誤解

この絵はしばしば「聖書の一場面を再現しただけの宗教画」として単純に紹介されがちだが、実際には古代彫刻の造形原理を踏まえた緻密な構図設計や、アロンの立ち位置に込められた道徳的な含意など、プッサンならではの知的な計算が随所に凝らされている。単なる物語の再現を超えて、信仰の逸脱そのものをどう視覚化するかという主題への挑戦として見ることで、この絵の奥行きがより見えてくる。

FAQ

Q. 《黄金の子牛の礼拝》はどこで見られますか?
ロンドンのナショナル・ギャラリー(NG5597)に所蔵されている。

Q. この絵はどんな聖書の場面を描いていますか?
モーセがシナイ山で十戒を授かっているあいだ、待ちきれなくなった民が金の子牛像を作って崇める、「出エジプト記」に基づく場面である。

Q. 対になる作品はあるのですか?
「紅海の渡渉」が対作品として制作されたが、1945年に分離され、現在はオーストラリアのヴィクトリア国立美術館に所蔵されている。

Q. この絵に事件があったと聞きましたが?
2011年、展示室で赤いスプレー塗料による汚損被害に遭ったことがある。

Q. この絵はいつナショナル・ギャラリーの所蔵になったのですか?
1945年、対作品から分離される形で購入された。

まとめ

《黄金の子牛の礼拝》は、律法を待ちきれなかった民が信仰を見世物へとすり替えてしまう瞬間を、古代彫刻を思わせる緻密な人物配置によって描き切った1枚だ。240年以上連れ添った対作品と引き離されてもなお、この絵はロンドンで単独の傑作として、その緊迫した物語を語り続けている。

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