ミレイ《塔の中の王子たち》とは|不安のなかで寄り添う、少年王とその弟

《塔の中の王子たち》(1878年)は、ジョン・エヴァレット・ミレイが、15世紀のイングランドの悲劇を題材に描いた歴史画で、ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイが所蔵しています。薄暗い石の階段の前に、黒いビロードの服を着た二人の金髪の少年が、手をつないで立ち、何かの気配に耳をすますように、画面の左を見つめています。幼い少年王エドワード5世と、その弟ヨーク公リチャードを描いた、ヴィクトリア朝の人気作です。

基本情報

作者はジョン・エヴァレット・ミレイ(1829〜1896)、制作年は1878年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦147.2×横91.4cm。ロンドン大学ロイヤル・ホロウェイ(ピクチャー・ギャラリー、収蔵番号THC0044)に所蔵されています。画面の左下には、ミレイのモノグラムと、「78」の年号が見えます。1878年の、ロイヤル・アカデミーの展覧会に出品されました。

題材|1483年の悲劇

エドワード4世は、1483年に急死し、12歳の長男が、エドワード5世として、王位を継ぎました。少年王と、9歳の弟リチャードは、戴冠式の前に、ロンドン塔の王の居室に迎えられましたが、そのまま姿を消しました。ヴィクトリアン・ウェブの解説は、二人の失踪が、英国史で最も有名な謎の一つであり、叔父のリチャード3世の命令で殺されたと、一般に考えられていると述べています。シェイクスピアも、『リチャード3世』で、そのように描きました。

この題材は、19世紀に、大変人気がありました。英語版ウィキペディアによれば、ミレイの絵は、シェイクスピアの悲劇『リチャード3世』の場面から、大きな影響を受けています。ポール・ドラローシュが、1830年(完成は1831年)に描いた《エドワードの子供たち》という先行作品もあり、ミレイの絵は、これと同じ主題の流れの上にあります。

制作の経緯

画家の息子ジョン・ギルは、父が、二人の少年を見て、すぐにこの主題を思いついたと書いています。モデルについては、二つの説があります。ロイヤル・ホロウェイの1890年の目録は、二人が、職業モデルのミス・ホワイト(のちのデイヴィス夫人)の息子たちだと記しています。一方、別の資料は、のちにポートランド公爵夫人となるウィニフレッド・ダラス=ヨークが、背の高い兄のモデルを、弟チャーリーが、もう一人のモデルを務め、ミレイが、二人が活人画で王子たちを演じるのを見て、描くことを申し出たと述べています。

ヴィクトリアン・ウェブは、ミレイが、ペースシャーのバーナム村に、「完璧な陰気な塔」を見つけたと述べています。また、ミレイが、すでに描き始めた絵を捨て、新しい大きな画布に、王子たちの遺体が見つかった場所の周囲の様子を、そのまま描いたと伝えています(息子の記述にもとづきます)。

見どころ|二人の少年

画面の左側では、弟のリチャードが、体を兄のほうへ傾け、片手を、兄の肩に置いています。彼の首元には、小さなメダルが下がり、視線は、画面の左へ向けられ、口を固く結んで、不安をにじませています。

右の兄エドワードは、背筋を伸ばして立ち、波打つ金髪の下から、目を大きく見開いて、同じ方向を見つめています。首には、金の鎖と、花の形の飾りが下がり、左足の膝下には、金の鎖でできた帯が巻かれています。体の横には、黒い帽子を持つ手が下がっています。

二人は、体の前で、手を握り合っています。この小さな動きが、二人の心細さと、お互いを支える気持ちを、静かに伝えます。黒いビロードの服は、肩や袖が丸く膨らみ、ミレイの絵の質感への関心を、よく表しています。ミレイは、画面全体を、暗い茶と黒の色調に抑え、二人の顔と手に、光が集まるようにしています。

見どころ|階段と闇

二人の後ろには、石の階段が、暗い奥へと続いています。階段は、画面の左で、淡い光に照らされ、右の壁は、ほとんど闇に沈んでいます。ドラローシュが、王子たちのいる部屋を、細かく描いたのに対し、ミレイは、階段が、暗闇に消えていく様子を、示すにとどめています。そのため、画面の焦点は、二人の少年の表情と、手の動きに集中しています。

反響と来歴

この絵は、大変な反響を呼びました。のちに、ホロウェイ・サナトリウムの創設者でもある、トーマス・ホロウェイが、1881年に購入し、ロイヤル・ホロウェイ・カレッジに寄贈しました。ミレイは、1879年に、対になる《セント・ジェームズ宮殿に幽閉されたエリザベス王女》も描いており、これも、ロイヤル・ホロウェイに所蔵されています。

1879年には、サミュエル・カズンズによるメゾチントの版画が、ファイン・アート・ソサエティから、出版されました。

まとめ

《塔の中の王子たち》は、歴史上の悲劇を、二人の子どもの不安な一瞬として描いた作品です。何が起こるのかは描かず、何かが近づいている気配だけを残す。その余白が、見る人の想像を、いっそう強く、搔き立てます。

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