金魚とは|マティスがタンジールで見つけた色の主役

モスクワのプーシキン美術館に、ピンクの壁を背景に、丸いガラス鉢のなかで泳ぐ真っ赤な金魚たちを描いた油彩画がある。《金魚(仏:Les Poissons rouges)》と題されたこの作品は、フランスの画家アンリ・マティスが1912年に手がけたもので、彼が生涯にわたって繰り返し取り組んだ主題のなかでも、とりわけ色彩の実験として知られる1枚だ。

基本情報

項目内容
作者アンリ・マティス(1869〜1954)
制作年1912年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ140×98cm
所蔵プーシキン美術館(モスクワ)

タンジールで見た人々の視線から

1912年、マティスはモロッコのタンジールを訪れた際、現地の人々が鉢のなかを泳ぐ金魚に見入る様子に強く心を動かされたと伝えられている。この旅から間もなく、彼はパリを離れて移り住んでいたイシー=レ=ムリノーの自宅温室で、その年の春から初夏にかけて金魚を主題とした一連の作品を手がけることになる。本作はその連作のうちの1点だ。金魚は17世紀に東アジアからヨーロッパへ伝わった生き物だが、マティスはこの時期以降、少なくとも9点の油彩画に加え、素描や版画のなかでも繰り返しこのモチーフを取り上げている。

コレクター、シチューキンが選んだ1枚

本作は1912年、パリのマティスのアトリエから、ロシアの実業家であり熱心な美術収集家だったセルゲイ・シチューキンによって直接買い取られた。この絵は彼のモスクワの邸宅にあった「ピンクの応接間」を彩る作品群の1つとなった。ロシア革命後、シチューキンの膨大なコレクションは国家によって接収され、1948年、プーシキン美術館とサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に分けて公開されることになる。以来、本作はプーシキン美術館の所蔵品として親しまれ続けている。

見どころ

鉢のなかで際立つ緋色の金魚

画面中央のガラス鉢のなかには、鮮やかな緋色の金魚が数匹泳いでいる。この強い赤が、鉢の周囲に配された淡いピンクや緑と鮮烈な対比をなし、見る者の視線を真っ先に引きつける。

補色の組み合わせによる緊張感

画面には青と橙、緑と赤といった補色同士の組み合わせが随所に用いられている。フォーヴィスムの時代から一貫して受け継がれてきたこの色彩感覚が、本作のなかでも大胆に発揮されている。

生い茂る観葉植物と花

鉢を取り囲むように、大きな葉を広げる観葉植物や、ピンクの花々が画面を埋め尽くしている。この豊かな緑が、赤い金魚をいっそう際立たせる舞台装置として機能している。

色彩そのものが主役になる構成

マティスはかつて、赤という色にどこで出会ったのか自分でもはっきりとは分からないが、他のあらゆる要素は赤と並べて見たときに初めて自分にとっての意味を持つのだと語っている。本作はまさにこの言葉を体現するように、金魚の赤を画面全体の求心力として組み立てられている。

実際に見るには

本作はモスクワのプーシキン美術館に所蔵されている。同館にはシチューキンが蒐集した他のマティス作品も多数収められており、あわせて見ることで、彼がこの時期どれほど色彩の実験に没頭していたかがうかがえる。

FAQ

Q. 《金魚》はどこで見られますか?
モスクワのプーシキン美術館に所蔵されている。

Q. この絵はどこで描かれましたか?
パリ近郊イシー=レ=ムリノーにあったマティスの自宅温室で制作された。

Q. なぜ金魚が主題に選ばれたのですか?
1912年のモロッコ・タンジール訪問の際、現地の人々が金魚に見入る様子を目にしたことがきっかけとされている。

Q. この絵はどのようにしてロシアへ渡ったのですか?
ロシアの収集家セルゲイ・シチューキンが1912年、マティスのアトリエから直接購入した。

Q. マティスは金魚を何点描いていますか?
1912年以降、少なくとも9点の油彩画に加え、素描や版画にも繰り返しこのモチーフを取り上げている。

まとめ

《金魚》は、タンジールで目にした何気ない光景から生まれた、色彩そのものが主題になった1枚だ。緋色の金魚を中心に据えたこの構成を眺めていると、マティスにとって赤という色が、単なる1つの色以上の、すべてを結びつける求心力だったのだと実感できる。

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