本作(原題:Vente d’esclaves au Caire、「カイロの奴隷売買」)は、ジャン=レオン・ジェロームが1871年に手がけた油彩画で、アメリカ・オハイオ州のシンシナティ美術館が所蔵しています。すでにご紹介した1866年の《奴隷市場》(クラーク美術館所蔵)とは別の、独立した作品です。エジプト・カイロを舞台に、母子を含む複数の奴隷女性たちが売買を待つ様子を描いています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジャン=レオン・ジェローム(1824〜1904) |
| 制作年 | 1871年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 74.9×59.7cm |
| 所蔵 | シンシナティ美術館(アメリカ・オハイオ州) |
| 原題(仏) | Vente d’esclaves au Caire(カイロの奴隷売買) |
一言でいうと
本作は、1870年代にもなおエジプトで実際に存続していた奴隷制度を主題にしながら、悲嘆に暮れる母子の姿と、扇情的に描かれた裸の女性の姿を同居させることで、告発と官能という、当時のオリエンタリズム絵画特有の矛盾した眼差しを、そのまま体現している作品である。
見どころ

構図:画面には、長い黒髪をした裸の女性が立ち、その傍らに数人の衣をまとった女性たちがカーペットの上に座っています。乳飲み子を抱く母親の姿もあり、奥の窓の向こうには、ターバンを巻いた男性がくつろぐ様子や、孔雀の姿も見えます。ムシャラビーヤ(格子細工の装飾スクリーン)を配したイスラーム建築が、舞台がカイロであることを物語っています。
技法:ジェロームならではの緻密な写実技法により、建物の質感や人物の表情、装飾品の細部までが精密に描き込まれています。
背景:1870年代のエジプトでは、奴隷制度がなお実際に存続しており、ジェロームは現地への旅の中で、こうした光景を実際に目にした可能性があるとされています。Google Arts & Cultureの解説によれば、ジェロームは奴隷として売られるのを待つ人々の悲惨な絶望を描き出す一方で、彼らの官能的なポーズや、一人の女性の完全な裸体にも意識的に焦点を当てており、これによって画家と鑑賞者の双方が、人身売買という蛮行を非難しながらも、同時にその性的な想像を掻き立てられるという、憐れみと欲望が入り混じった危うい構図を成立させていたと指摘されています。
よくある誤解
誤解①「この絵は1866年の《奴隷市場》(クラーク美術館所蔵)と同一の作品である」→ 実際は1871年に描かれた別の独立した作品である
同じ画家による同じ主題であることから混同されがちですが、実際には制作年(1871年)も所蔵先(シンシナティ美術館)も異なる、別の作品です。ジェロームは生涯を通じて、同様の主題を繰り返し手がけています。
FAQ
Q. この絵とクラーク美術館の《奴隷市場》はどう違うのですか?
A. 制作年(1871年)と所蔵先(シンシナティ美術館)が異なる、別の独立した作品です。母子を含む複数の女性が描かれている点も、構図上の大きな違いです。
Q. なぜカイロが舞台なのですか?
A. 1870年代のエジプトでは、奴隷制度がなお実際に存続しており、ジェロームは現地での旅の経験からこの主題に着想を得たと考えられています。
Q. この絵はどこで見られますか?
A. アメリカ・オハイオ州のシンシナティ美術館が所蔵しています。
まとめ
本作は、1870年代にもなおエジプトで実際に存続していた奴隷制度を主題にしながら、悲嘆に暮れる母子の姿と、扇情的に描かれた裸の女性の姿を同居させた作品です。すでにご紹介したジェロームの他の奴隷市場作品群と同様、この絵もまた、告発と官能という、当時のオリエンタリズム絵画特有の矛盾した眼差しを、今日の私たちに問いかけ続けています。


