《ナポレオンの戴冠式》(1805〜07年)は、フランス新古典主義を代表する画家ジャック=ルイ・ダヴィッドによる油彩画で、パリのルーヴル美術館が所蔵する作品です。1804年12月2日、ノートル=ダム大聖堂で行われたナポレオンの戴冠式を描いたこの絵は、皇帝自身が緻密に演出させた、フランス史上有数の政治的プロパガンダの傑作でありながら、実際の出来事とは異なる無数の脚色が施された、事実と創作が入り混じった作品です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジャック=ルイ・ダヴィッド(1748〜1825) |
| 制作年 | 1805〜07年(1808年初頭に一部加筆) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | ルーヴル美術館(パリ) |
| 依頼主 | ナポレオン・ボナパルト |
| 舞台 | ノートル=ダム大聖堂(パリ) |
一言でいうと
《ナポレオンの戴冠式》は、1804年に行われた実際の戴冠式を描いた記録画のように見えながら、実際にはナポレオン自身の意向によって、出席していなかった人物を描き加え、実際には起きなかった仕草を加筆するなど、随所に緻密な脚色が施された、政治的プロパガンダとしての性格を色濃く帯びた作品である。
制作背景
1804年12月2日、ナポレオン・ボナパルトは、それまで一度も戴冠式に使われたことのなかったノートル=ダム大聖堂で、皇帝としての戴冠式を執り行いました。この式で最も有名な出来事は、本来ならば教皇ピウス7世が授けるはずだった冠を、ナポレオン自身が手に取り、自らの頭に載せたという逸話です。この振る舞いによって、彼は教会に対する自らの優位性を、劇的な形で示したとされています。
この絵は、ナポレオン自身の依頼を受けてダヴィッドが手がけたもので、彼は実際の式典を最前列で観察する特権を与えられました。制作にあたっては、大聖堂の設計図を参考にしたほか、参列者一人ひとりを個別にアトリエへ呼び、モデルとして立たせたと伝えられています(教皇ピウス7世自身もモデルを務めたとされています)。ただし、ナポレオン本人だけは忙しさのためモデルを務めることを拒み、その代わり制作中のアトリエを訪れ、ダヴィッドの仕事ぶりを称賛しながらも、いくつかの修正を求めたと伝えられています。
見どころ

描かれなかった自己戴冠:興味深いことに、この絵が描いているのは、ナポレオンが自らの頭に冠を載せる、最も有名な瞬間ではありません。ダヴィッドの初期の素描では、群衆に向かって自ら冠を掲げるナポレオンの姿が描かれていましたが、宮廷画家ジェラールの助言を受け、最終的には皇后ジョゼフィーヌに冠を授ける場面へと変更されました。ナポレオン自身はこの変更を、「ジョゼフィーヌのちょっとした企み」だと冗談交じりに評しながらも、自分を「カエサルからバイヤール(フランスの騎士道の象徴)」へと変えてくれたとダヴィッドに謝意を伝えたと言われています。現存する完成作をよく見ると、当初描かれていた自己戴冠の輪郭がかすかに残っているとも言われています。
存在しなかった人物:画面中央、玉座のような小さな椅子に座る女性は、ナポレオンの母マリア・レティツィア・ラモリーノです。彼女はこの絵の中でひときわ重要な位置を占めていますが、実際には息子との家族間の確執から、この式典に出席することを拒んでいました。それにもかかわらず、ナポレオンはダヴィッドに彼女を描き加えるよう強く求めています。
加筆された祝福の仕草:教皇ピウス7世は、絵の中では祝福の仕草をしている姿で描かれていますが、実際の式典では、彼はただ祈りを捧げていただけだったとされています。ダヴィッドは当初、実際の様子どおり、両手を膝の上に置いた教皇の姿を描いていましたが、これを見たナポレオンが抗議し、1808年1月、祝福の仕草へと描き直させたと伝えられています。ナポレオンの頭部の後ろに生じた不自然な空白には、ルーヴル美術館の彫像を参考にしたユリウス・カエサルの胸像が描き加えられ、皇帝としての権威を暗に補強する役割を果たしています。
若返らされたジョゼフィーヌ:皇后ジョゼフィーヌは、ひざまずいてナポレオンから冠を授かる姿で描かれています。実際には彼女はナポレオンより6歳年上でしたが、この絵では実年齢よりもかなり若々しい姿で描かれており、新たな帝国にふさわしい若さと活力のイメージを演出する意図があったとも考えられています。皮肉なことに、この絵が完成した3年後の1810年、ナポレオンは男子の跡継ぎを産めなかったことを理由に、ジョゼフィーヌとの婚姻を解消しています。
評価
ダヴィッドは、フランス革命期にはロベスピエールの盟友として活動し、ルーヴル美術館を公共の美術館として設立する上でも重要な役割を果たした人物でしたが、後にはナポレオンの公式画家として、その視覚的なプロパガンダを一手に担う存在となりました。《ナポレオンの戴冠式》は、1808年に初めて公開され、以来、権力と野心、そして緻密に演出された象徴性を体現する、ルーヴル美術館でも屈指の壮大な作品として、今日も多くの来館者を魅了し続けています。
よくある誤解
誤解①「この絵はナポレオンが自ら冠をかぶる、最も有名な瞬間を描いている」→ 実際は皇后ジョゼフィーヌに冠を授ける場面が描かれている
戴冠式という題名から、ナポレオンが自らの手で冠をかぶる象徴的な瞬間が描かれていると思われがちですが、実際にこの絵が捉えているのは、その直後、彼が皇后ジョゼフィーヌにひざまずかせて冠を授ける場面です。自己戴冠の場面は、ダヴィッドの初期の構想には存在していましたが、最終的な作品では描かれていません。
誤解②「この絵は実際の式典をそのまま忠実に描いた記録画である」→ 実際は出席していない人物や、起きなかった仕草が描き加えられている
最前列で式典を観察して描いたという経緯から、この絵は忠実な記録画だと思われがちですが、実際には式典を欠席していたナポレオンの母が中央に描き込まれ、教皇の祝福の仕草も実際には起きていなかった脚色であるなど、随所にナポレオンの意向による演出が加えられています。
FAQ
Q. 《ナポレオンの戴冠式》とはどんな作品ですか?
A. ダヴィッドが1805年から07年にかけて手がけた油彩画で、1804年のノートル=ダム大聖堂での戴冠式において、ナポレオンが皇后ジョゼフィーヌに冠を授ける場面を描いています。ルーヴル美術館が所蔵しています。
Q. なぜナポレオンの自己戴冠の場面は描かれなかったのですか?
A. 宮廷画家ジェラールの助言により、ナポレオン自身の意向でジョゼフィーヌへの戴冠の場面に変更されたためです。
Q. この絵にはどんな脚色が施されていますか?
A. 実際には式典を欠席していたナポレオンの母を描き加えたこと、教皇の祝福の仕草を実際とは異なる形で加筆したこと、ジョゼフィーヌを実年齢より若く描いたことなどが知られています。
Q. 《ナポレオンの戴冠式》はどこで見られますか?
A. フランス・パリのルーヴル美術館が所蔵しています。
まとめ
《ナポレオンの戴冠式》は、1804年に行われた実際の戴冠式を描いた記録画のように見えながら、実際にはナポレオン自身の意向によって、出席していなかった人物を描き加え、実際には起きなかった仕草を加筆するなど、随所に緻密な脚色が施された、政治的プロパガンダとしての性格を色濃く帯びた作品です。200年以上を経た今もなお、この絵は権力がいかにして自らのイメージを演出するかという、普遍的な問いを私たちに投げかけています。

