《青い肘掛け椅子の少女》(1878年)は、印象派を代表するアメリカ人画家メアリー・カサットによる油彩画で、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵する作品です。大きな青い肘掛け椅子に、行儀よくとは言えない姿勢で身を投げ出す少女を描いたこの絵は、当時の子供の描き方の常識を覆した先駆的な作品でありながら、実は同僚画家ドガの秘めた協力と、たった3人の審査員による酷評という、興味深い制作秘話を持っています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | メアリー・カサット(1844〜1926) |
| 制作年 | 1878年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 89.5×129.8cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.) |
| モデル | エドガー・ドガの友人の娘 |
| 協力者 | エドガー・ドガ(背景部分を加筆) |
一言でいうと
《青い肘掛け椅子の少女》は、大きな青い肘掛け椅子に、退屈そうにだらしなく身を投げ出す少女を描くことで、当時「天使のように行儀よく」描かれるのが常だった子供の肖像画の伝統を覆した、先駆的な作品でありながら、その制作には同僚画家ドガが背景部分に手を加えるという密接な協力があり、さらに完成後には、たった3人からなる審査員団によって展覧会への出品を拒絶されるという、苦い経験も伴っていた一枚である。
制作背景

この絵に描かれている少女は、カサットの友人であり同僚でもあった画家エドガー・ドガの知人の娘です。カサットは後年、パリの画商アンブロワーズ・ヴォラールへの手紙の中で、この絵の制作過程を次のように振り返っています。「これはドガ氏の友人の肖像画でした。私が肘掛け椅子に座る子供を描き上げると、彼はそれを気に入り、背景について助言してくれました。実際に手を加えてくれさえしたのです」。近年、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートで行われた修復作業と赤外線調査によって、実際にドガがこの絵の一部に手を加えていたことが確認されています。絵の中で椅子で眠る小さな犬(ブリュッセル・グリフォン)も、ドガが同じ印象派の画家リュドヴィク=ナポレオン・ルピック(愛犬家として知られていました)から譲り受け、カサットに贈った子犬だったと伝えられており、カサットはこの犬種を生涯飼い続けることになります。
見どころ
構図:少女は、白いレース地のワンピースにタータンチェックの飾り帯をつけ、片腕を頭の後ろに回しながら、大きな花柄の青い肘掛け椅子に斜めに身を投げ出しています。周囲には同じ青い椅子がいくつも配置され、奥の窓からは光が差し込んでいます。見て取れる筆致や、モデルの飾らない自然な姿勢には、印象派らしい特徴が色濃く表れています。非対称な構図、高い視点、浅い奥行き、画面を大胆に切り取る手法は、当時印象派の画家たちに強い影響を与えていた日本美術(ジャポニスム)の影響を反映しているとも言われています。
子供時代の描き方の革新:19世紀後半当時、子供の肖像画は、天使のように行儀よく、落ち着いた姿勢で描かれるのが一般的でした。カサットはこの伝統に反し、少女を、大人向けの家具に囲まれながらどこか居心地悪そうに、退屈そうな、飾らない自然な姿として描いています。美術史家グリゼルダ・ポロックは、この絵を史上最も「急進的な子供時代の肖像」の一つと評しており、きちんと着飾った少女の外見と、その投げやりな身のこなしとの対比こそが、この絵の核心的な意味を作り出していると指摘しています。
来歴
カサットはこの絵を、もう一点の(現在では特定できていない)作品とともに、1878年のパリ万国博覧会アメリカ館の美術展に出品しました。しかし驚いたことに、この絵は審査員団によって拒絶されてしまいます(もう一点の作品は受理されました)。カサットは激怒し、後年「審査員はわずか3人で、そのうち1人は薬剤師だったのです!」と痛烈に振り返っています。この拒絶をきっかけに、カサットは印象派の画家たちとの結びつきをさらに深めていったと考えられています。実際、ドガはすでにこの年、第4回印象派展への出品をカサットに呼びかけていましたが、この展覧会自体は万博の影響で翌1879年へと延期されており、この絵は「少女の肖像」という題名で、この1879年の展覧会に出品されたのではないかと考えられています。
評価
《青い肘掛け椅子の少女》は、今日では近代美術を代表する一枚として広く認められています。カサットはドガと個人的にも親しく、二人とも上流中産階級の銀行家の家庭に生まれ、アメリカとの強い結びつきを持つという共通点がありました。カサットは、モリゾやブラックモンとともに、印象派を代表する「3人の偉大な婦人」の一人としても知られています。
よくある誤解
誤解①「この絵はカサット一人の手による作品である」→ 実際は背景部分にドガの加筆がある
カサット単独の作品だと思われがちですが、実際にはカサット自身が後年の手紙で認めているとおり、ドガが背景部分に手を加えており、この事実は近年の赤外線調査によっても裏付けられています。
誤解②「描かれた少女はドガ自身の娘である」→ 実際はドガの友人の娘である
ドガとの深い関わりから、彼自身の娘が描かれていると誤解されることがありますが、実際にはドガは生涯結婚せず子供もいなかったため、モデルとなった少女はあくまで彼の友人の娘でした。
FAQ
Q. 《青い肘掛け椅子の少女》とはどんな作品ですか?
A. カサットが1878年に手がけた油彩画で、大きな青い肘掛け椅子に飾らない自然な姿勢で座る少女を描いています。ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.)が所蔵しています。
Q. なぜこの絵は当時拒絶されたのですか?
A. 1878年のパリ万博アメリカ館の展覧会に出品された際、わずか3人からなる審査員団によって拒絶されました。カサットはこの評価に強く憤慨しています。
Q. ドガはこの絵にどう関わったのですか?
A. モデルとなった少女はドガの友人の娘で、ドガ自身も背景部分に手を加えたことが、カサット自身の証言と、近年の科学調査の両方から確認されています。
Q. 《青い肘掛け椅子の少女》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵しています。
まとめ
《青い肘掛け椅子の少女》は、大きな青い肘掛け椅子に、退屈そうにだらしなく身を投げ出す少女を描くことで、当時「天使のように行儀よく」描かれるのが常だった子供の肖像画の伝統を覆した、先駆的な作品でありながら、その制作には同僚画家ドガが背景部分に手を加えるという密接な協力があり、さらに完成後には、たった3人からなる審査員団によって展覧会への出品を拒絶されるという、苦い経験も伴っていた一枚です。140年以上を経た今もなお、この絵は子供時代の飾らない真実の姿を、私たちに鮮やかに伝えています。

