《ラミア》(1905年)は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる油彩画で、ニュージーランドのオークランド・アート・ギャラリーが所蔵する作品です。甲冑をまとった騎士の前にひざまずく美しい女性を描いたこの絵は、詩人ジョン・キーツの物語詩に着想を得ながら、彼女の足元に脱ぎ捨てられた蛇の抜け殻だけが、その正体を静かに物語る仕掛けを持つ作品です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849〜1917) |
| 制作年 | 1905年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約144.7×90.2cm |
| 所蔵 | オークランド・アート・ギャラリー(ニュージーランド) |
| 原案 | ジョン・キーツの物語詩『ラミア』(1820年) |
| 様式 | ラファエル前派の影響を受けたロマン主義 |
一言でいうと
《ラミア》は、甲冑をまとった若い騎士の前にひざまずき、その手にそっと触れる美しい女性を描きながら、彼女の足元に置かれた蛇の抜け殻だけが、彼女が実は人間ではない存在であることを密かに物語る、詩人キーツの着想を借りたファム・ファタール(運命の女)像である。
制作背景
ラミアという存在は、もとを辿ればギリシャ神話に登場する女性です。彼女はゼウスの愛人でしたが、そのことを知った正妻ヘラの怒りを買い、我が子たちを失った末に、若者たちを喰らう怪物へと姿を変えられてしまったとされています。この神話を下敷きに、1820年、詩人ジョン・キーツは物語詩『ラミア』を発表しました。詩の中でラミアは、ヘルメスの力を借りて蛇の姿から人間の女性へと変身し、コリントスの青年ライキオスと恋に落ちます。しかし二人の結婚披露宴の場で、賢者アポロニウスがラミアの正体を見抜いてしまい、彼女はその魔力を失って姿を消してしまうのです。
ウォーターハウスは、若い頃にはアルマ=タデマ風のギリシャ・ローマ主題を手がけていましたが、次第にラファエル前派のロマン主義的な作風に惹かれ、テニスンらの詩に基づくアーサー王伝説の主題も好んで描くようになりました。この絵では、キーツの詩に登場する古代コリントスの青年ライキオスを、あえて中世の甲冑をまとった騎士の姿に置き換えており、ギリシャ神話とアーサー王物語的な中世騎士のイメージとを、独自に融合させています。
見どころ

構図
画面右側には、甲冑に身を包んだ若い騎士が、こちらを見下ろすように立っています。その足元には桃色の衣をまとった女性がひざまずき、片手を騎士の手に重ね、もう一方の手を彼の腕当てに添えながら、熱心に見上げています。騎士の足は、彼女が脱ぎ捨てた蛇の抜け殻の尾の部分をちょうど踏みつける位置に置かれています。
図像学
この絵において、女性がラミアであることを示す唯一の視覚的な手がかりが、彼女の後ろに残された、玉虫色に輝く蛇の抜け殻です。キーツの詩の描写に基づいた孔雀色を思わせるこの抜け殻が、彼女のかつての姿を静かに物語っており、一見するとただの美しい貴婦人にしか見えない彼女の、隠された本性を示唆しています。
技法
ウォーターハウスは、女性のまとう繊細な布地の質感と、騎士の頑丈な甲冑の質感とを、対照的に描き分けることに長けていました。甲冑に反射する光と、女性の青白い肩に落ちる柔らかな光の描写も、この絵の見どころの一つです。足元には花々が散らばり、周囲の木々の枝が構図の縁を彩っています。
評価
ウォーターハウスはこの《ラミア》の主題を、生涯で少なくとも三度描いています。最初のバージョンは1905年のロイヤル・アカデミー夏季展で発表され、ウォーターハウスの熱心な支援者であったアレクサンダー・ヘンダーソン(初代フェアリンドン男爵)によって購入されました。同じ1905年には、ラミアが一人で水辺に佇む姿を描いた別バージョン《ラミアと兵士》も制作されており(現在はロンドンの個人蔵)、現在オークランド・アート・ギャラリーが所蔵するこの一枚は、しばしば「ラミアI」とも呼ばれています。
よくある誤解
誤解①「《ラミア》はウォーターハウスが手がけた唯一のバージョンである」→ 実際は生涯で少なくとも三度描かれている
一枚の完成された名画として紹介されがちですが、実際にはウォーターハウスはこの主題を繰り返し手がけており、1905年のロイヤル・アカデミー展で発表されたバージョンのほかにも、同年に制作された《ラミアと兵士》など、複数の異なるバージョンが現存しています。
誤解②「男性は原作の詩に忠実な古代コリントスの青年として描かれている」→ 実際は中世の甲冑をまとった騎士に置き換えられている
キーツの詩の舞台が古代ギリシャであることから、絵の中の男性も古代の衣装で描かれていると思われがちですが、実際にはウォーターハウスは、詩に登場する青年ライキオスを、あえて中世の甲冑をまとった騎士の姿へと置き換えており、ギリシャ神話とアーサー王伝説的なイメージを独自に融合させています。
FAQ
Q. 《ラミア》とはどんな作品ですか?
A. ウォーターハウスが1905年に描いた油彩画で、詩人キーツの物語詩に着想を得て、甲冑をまとった騎士の前にひざまずく女性ラミアを描いています。オークランド・アート・ギャラリーが所蔵しています。
Q. ラミアとはどのような存在ですか?
A. ギリシャ神話に由来する存在で、ゼウスの愛人であったことから正妻ヘラの怒りを買い、若者を喰らう怪物へと姿を変えられたとされ、後にキーツの詩によって、人間の女性に変身する妖女として広く知られるようになりました。
Q. 絵の中で彼女の正体を示す手がかりは何ですか?
A. 彼女の背後に残された、玉虫色に輝く蛇の抜け殻です。これが唯一、彼女が人間ではないことを示唆する視覚的な手がかりとなっています。
Q. 《ラミア》はどこで見られますか?
A. ニュージーランドのオークランド・アート・ギャラリーが所蔵しています。
まとめ
《ラミア》は、甲冑をまとった若い騎士の前にひざまずき、その手にそっと触れる美しい女性を描きながら、彼女の足元に置かれた蛇の抜け殻だけが、彼女が実は人間ではない存在であることを密かに物語る、詩人キーツの着想を借りたファム・ファタール像です。騎士の視線はまっすぐ彼女の顔を捉えていますが、蛇の抜け殻に気づいているのは、絵の外にいる私たちだけです。
