ワシリー・カンディンスキー《黄・赤・青》とは|三原色で奏でられた抽象絵画の交響曲

《黄・赤・青(Gelb-Rot-Blau)》(1925年)は、抽象絵画の先駆者ワシリー・カンディンスキーがバウハウス時代に描いた油彩画で、パリのポンピドゥー・センター(国立近代美術館)が所蔵しています。題名のとおり三原色を画面の骨格に据え、幾何学的な形態と有機的なうねりを対置させたこの作品は、カンディンスキーのバウハウス期を代表する大作として知られています。

基本情報

作者はワシリー・カンディンスキー(1866〜1944)、制作年は1925年。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは約128×201.5cmの横長の大画面です。所蔵はパリのポンピドゥー・センターで、画家の妻ニーナ・カンディンスキーの寄贈によりコレクションに入りました。

制作背景|バウハウスと理論の時代

モスクワ生まれのカンディンスキーは、1910年前後に対象の再現から離れた「抽象」への歩みを開始し、著書『芸術における精神的なもの』で色彩と形態が魂に直接働きかける力を論じました。ロシア革命後の混乱を経て、1922年からはドイツの造形学校バウハウスで教鞭をとります。《黄・赤・青》はこのバウハウス期、それもデッサウ移転前後の充実期に描かれました。

翌1926年に刊行される理論書『点と線から面へ』の執筆と並行して制作された本作は、いわば彼の理論の実践篇です。ミュンヘン時代の噴出するような即興性に代わり、円、直線、格子といった幾何学的要素を意識的に組織する構成的な様式が、ここでは全面的に展開されています。

見どころ|色彩の対位法

画面は大きく二つの世界に分かれています。左半分を支配するのは軽やかな黄。明るい矩形と繊細な黒線が、上昇するような透明感を作ります。右半分では深い青の大円と黒い曲線が重量感をもってうねり、その間を赤や紫の形態がつなぎます。カンディンスキーの色彩論において、黄は地上的で外へ向かうエネルギー、青は天上的で内へ沈む精神性を象徴し、赤はその中間で脈打つ生命でした。本作はまさにこの色彩論を、左から右への劇的な展開として画面化したものです。

直線と曲線、明と暗、幾何学と有機性という対比の網の目は、しばしば音楽の対位法に例えられます。実際、カンディンスキーは絵画を音楽のように「聴く」ことを求めた画家であり、代表作の多くに《コンポジション(作曲)》《即興》といった音楽用語の題名を与えていました。本作の三原色も、いわば三つの主題が絡み合う交響曲の楽章のように読むことができます。

なお、幾何学的な語彙で組み立てられていながら、目を凝らすと、ぼかしを伴う柔らかな色のにじみや、雲のような背景の諧調が画面を包んでいることに気づきます。冷たい構成主義に落ちない詩情の残存こそ、同時代の他の幾何学的抽象とカンディンスキーを分かつ資質です。

評価と影響

《黄・赤・青》は、カンディンスキーの長い画業のなかで、初期の表現主義的抽象と晩年のパリ時代の生物形態的な様式とをつなぐ、円熟期の到達点として位置づけられています。色彩と形態の相互作用を体系的に探究したバウハウスでの教育活動とともに、本作に結晶した「構成の思想」は、その後の抽象芸術、グラフィックデザイン、造形教育に広く浸透していきました。ポンピドゥー・センターの常設展示でも、20世紀前半の抽象を語る要の位置を占め続けています。

まとめ

《黄・赤・青》は、三つの原色を登場人物とした一篇のドラマです。感情の噴出としての抽象から出発したカンディンスキーが、理論と教育の時代を経て、秩序と詩情の均衡に到達したことを示すこの絵は、「絵画は目に見える音楽である」という彼の生涯の信念を、最も雄弁に体現した一枚といえます。

あわせて読みたい
カンディンスキーとは|抽象絵画を切り拓いた画家の生涯・代表作をわかりやすく解説 ワシリー・カンディンスキー(1866〜1944)は、ロシア出身の画家・美術理論家で、一般に「抽象絵画の創始者」とされる人物です。30歳で法学者としてのキャリアを離れて画...
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!