《緑のキリスト(ブルターニュの磔刑像)》(1889年)は、ポール・ゴーギャンが、ブルターニュの海辺の風景のなかに、苔むした石の磔刑像を置いて描いた作品です。降ろされたキリストの体を、緑色の三人の女たちが支え、その前で、一人の農婦が、うつむいて座っています。ゴーギャンの象徴主義的な傑作《黄色いキリスト》と並ぶ、ブルターニュ時代の代表作です。
基本情報
作者はポール・ゴーギャン(1848〜1903)、制作年は1889年の秋です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦92×横73.5cm。ベルギー王立美術館(ブリュッセル)に所蔵されています。原題は「Le Christ vert」で、「ブルターニュの磔刑像(Calvaire breton)」「ブルターニュの受難」などの別名で呼ばれます。
制作背景|ブルターニュの磔刑像
ブルターニュ地方には、村の広場や道ばたに、石に彫られた磔刑像(カルヴェール)が、数多く建てられています。ゴーギャンは、1889年から翌年にかけて、ブルターニュに滞在し、その地方の素朴な信仰を、繰り返し題材にしました。
本作の磔刑像は、実在の一つを写したものではない、とされます。ウィキペディアは、描かれた風景は、ル・プールデュの大西洋岸だが、磔刑像は、いくつかの像の合成で、十字架はネヴェの像、キリストの姿はブリエックの像に基づくと説明しています。一方、他の資料は、ポン=タヴァンの近郊ニゾンにある、苔に覆われた石の像が、手本になったとしています。いずれにしても、ゴーギャンは、現実の場所と像を、自由に組み合わせています。
見どころ|緑の石像

画面の右半分には、三人のフードをかぶった女たちが並んでいます。三人とも、顔と衣が、同じ青緑色で塗られ、石像であることを示しています。女たちの下では、キリストの体が、肘から手の先まで、長く伸びて、斜めに横たわっています。目を閉じた頭は、左へ傾き、手のひらが、画面の手前へ垂れています。
この構図は、磔刑ではなく、十字架から降ろされたキリストを、抱きとめる場面に近く、ウィキペディアは、「十字架降下」を暗示していると見る、とされます。画面の中央には、緑の石の十字架の柱が、画面の上端まで、まっすぐに伸びています。
見どころ|農婦と、背後の風景
石像の前には、赤みを帯びた茶色の頭巾をかぶった農婦が、うつむいて座っています。青い上着に、淡い青紫のエプロンをまとい、片手には、黄色い籠の持ち手を、もう片方の手のあたりには、黒い羊のような姿が見えます。ウィキペディアは、この女が、黒い仔羊を抱えている、と記しています。
彼女の表情は、固く、目はうつろで、石像のほうを向いていません。石の女たちと、生身の農婦の肌の色が、似た緑がかった色で描かれているため、石像と人間のあいだの境が、曖昧に感じられます。
左の背景には、ピンクや黄色に染まった砂丘が広がり、その向こうに、濃い青の海があります。海の上には、赤い島のような岩と、帆をあげた船が、小さく見えます。砂丘の道では、肩に何かを担いだ人影が歩き、少し手前には、頭巾をかぶった人物が、背を向けて座っています。丘の上には、牛が数頭いて、空は、淡い紫の雲が、斜めの雨のような筆の線とともに、広がっています。
ある解説は、農婦が、背後の二つの人影から、緑のキリストの陰に、隠れているように見えると指摘しています。
現実と幻想の重なり
WGA(ウェブ・ギャラリー・オブ・アート)は、本作が、《説教のあとの幻影》や《黄色いキリスト》と同じく、現実と幻想を、画面のなかで混ぜ合わせた作品だと解説しています。前景の祈る女は、現実の世界の人で、石像は、彼女の信仰が呼び起こす存在でもあります。
ブルターニュの古い磔刑像は、ゴーギャンの様式に、魂を与え、そのままでは、アール・ヌーヴォーの装飾的な形へ流れていただろう形を、引き締めた、とも評されています。
まとめ
《緑のキリスト》は、ブルターニュの石像を、色によって、人間の世界から切り離した作品です。緑色の石の群像と、うつむく農婦、明るい砂丘と海。その対比が、信仰の厳かさと、日常の静けさを、一つの画面に収めています。

