《主教の庭から見たソールズベリー大聖堂》とは|コンスタブルが描いた尖塔と雲

《主教の庭から見たソールズベリー大聖堂(英:Salisbury Cathedral from the Bishop’s Grounds)》は、イギリスの風景画家ジョン・コンスタブルが1823年に手がけた油彩画で、現在はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されている。木々のアーチ越しにそびえるゴシック様式の尖塔と、その真上に垂れ込める暗い雲。イングランドで最も高い尖塔を持つ大聖堂を描いたこの絵は、依頼主との間にちょっとした行き違いを生んだ作品でもある。今回はこの絵が生まれた経緯と、コンスタブルがこの主題にどれほど苦心したのかについて見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者ジョン・コンスタブル(1776〜1837)
制作年1823年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ約87.6×111.8cm
所蔵ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)
依頼主ソールズベリー主教ジョン・フィッシャー

一言でいうと

木々の枝が舞台の緞帳のようにアーチを作り、その奥に尖塔が突き抜ける。イングランドで一番高い尖塔と、その上にわだかまる暗雲との対比を、コンスタブルが真正面から描き切った一枚。

制作背景

親友の依頼から生まれた構図

この絵は、コンスタブルの親しい友人であったソールズベリー主教ジョン・フィッシャーの依頼によって描かれた。フィッシャーは、自らが愛する大聖堂とイングランドの田園風景とを一つに結びつけてほしいと画家に懇願したと伝えられている。画家は主教の庭園、つまり南東の位置に視点を定め、1820年には現地に戻って追加のスケッチと、屋外での油彩習作(現在はオタワの国立美術館所蔵)まで手がけている。

「これほど難しい主題はなかった」

1823年の王立芸術院展にこの絵が出品されたのち、コンスタブル自身が「私のカテドラルはなかなかいい出来だ……風景画の主題として、これほど難しいものはこれまでなかった。窓や控壁の描写から逃げることはしなかったが、いつものように明暗の移ろいのなかに逃げ込んでしまった」という趣旨の言葉を書き残している。ゴシック建築の緻密なディテールと、光と影による絵画的な効果、その両方を成立させることに、画家自身も相当な苦労を感じていたことがうかがえる。

依頼主が難色を示した暗い空

完成した絵を見た主教は、大聖堂の真上に垂れ込める不穏な暗雲に難色を示したという。より穏やかな空を求める主教のために、コンスタブルはのちに同じ構図でより明るい空を持つ版を制作しており、現在メトロポリタン美術館に所蔵される習作や、フリック・コレクションに所蔵される完成版がそれにあたる。つまりこの絵は、コンスタブルが同じ主題を何度も描き直した一連の「ソールズベリー連作」の、最初の完成形ということになる。

見どころ

額縁のように広がる木々のアーチ

画面の左右と上部を覆う木々の枝が、まるで舞台の額縁のように尖塔を縁取っている。この緑のアーチの奥に大聖堂の尖塔が収まる構図は、真上の暗い雲のアーチとも呼応しており、自然の造形と建築という異なる要素が響き合うように計算されている。

大聖堂を指し示す主教夫妻

画面左下には、大聖堂の尖塔を指し示すフィッシャー主教とその妻の姿が小さく描き込まれている。その奥には日傘を差した若い女性の姿もあり、おそらく2人の娘の一人と考えられている。

そびえ立つイングランド最高の尖塔

画面中央にそびえるソールズベリー大聖堂の尖塔は、イングランドで最も高い尖塔として知られている。中世に築かれたこのゴシック建築の精緻な装飾を、コンスタブルは細部まで丁寧に描き込んでおり、風景画でありながら建築描写としての精度も兼ね備えている。

牧歌的な前景の牛たち

手前の草地には牛たちが水辺でくつろぐ姿が描かれ、荘厳な大聖堂の存在感と、のどかな田園風景とが同じ画面のなかに違和感なく共存している。イングランドの自然と信仰、その両方への愛着がこの一枚に込められている。

実際に見るには

本作はロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されている。より明るい空を持つ関連作品は、ニューヨークのメトロポリタン美術館(習作)とフリック・コレクション(完成版)に、また別の版はカリフォルニアのハンティントン図書館・美術館にも所蔵されており、あわせて見比べることで、コンスタブルが同じ主題にどう向き合い続けたかをたどることができる。

よくある誤解

この絵はしばしば「大聖堂を描いた牧歌的な風景画」として単純に紹介されがちだが、実際には依頼主との間で空の描き方をめぐるやり取りがあったことが記録に残っており、完成までに複数のバージョンが生まれるきっかけになった作品である。単なる一枚の完成品ではなく、画家と依頼主の対話のなかで形を変えていった連作の出発点として見ると、この絵の背景がより立体的に見えてくる。

FAQ

Q. 《主教の庭から見たソールズベリー大聖堂》はどこで見られますか?
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されている。

Q. なぜ主教夫妻が絵の中に描かれているのですか?
この絵の依頼主であるソールズベリー主教ジョン・フィッシャーと、その妻の姿が画面左下に描き込まれている。

Q. 依頼主はこの絵にどんな反応を示したのですか?
大聖堂の上に描かれた暗い雲に難色を示し、より明るい空を求めたため、後年コンスタブルは同じ構図で空の異なる版を複数制作することになった。

Q. なぜこの主題は「難しかった」とコンスタブル自身が語っているのですか?
ゴシック建築の窓や控壁といった緻密なディテールを描きながら、同時に光と影による絵画的な効果も成立させる必要があったためである。

Q. 関連する他のバージョンはどこにありますか?
ニューヨークのメトロポリタン美術館やフリック・コレクション、カリフォルニアのハンティントン図書館・美術館にそれぞれ関連する版が所蔵されている。

まとめ

《主教の庭から見たソールズベリー大聖堂》は、木々のアーチと尖塔、そして暗雲という対比のなかに、コンスタブル自身の信仰心と、依頼主との実際のやり取りの痕跡までも刻み込んだ一枚だ。同じ主題を何度も描き直したその執着ぶりからも、この尖塔が画家にとってどれほど特別な存在だったかが伝わってくる。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次