《キリストのブリュッセル入城》(1888年)は、ベルギーの画家ジェームズ・アンソールが28歳の頃に手がけた油彩画で、アメリカ・ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館が所蔵する作品です。もしキリストが今、ブリュッセルの街に現れたら――そんな空想を、謝肉祭の仮装行列と政治集会が入り混じった熱狂の群衆として描いたこの絵は、アンソールの畢生の代表作とされながら、発表時には仲間の芸術家集団を激怒させ、彼自身がその団体から除名される寸前にまで追い込まれた、いわく付きの一枚でもあります。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジェームズ・アンソール(1860〜1949) |
| 制作年 | 1888年(描かれた主題は「1889年」の出来事という設定) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約252.7×430.5cm(縦約2.5m×横約4.3mの大作) |
| 所蔵 | J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス、1987年より) |
| 主題 | キリストのエルサレム入城(棕櫚の主日)のパロディ |
| 位置づけ | 表現主義の先駆けとされる、アンソール最大の代表作 |
一言でいうと
《キリストのブリュッセル入城》は、聖書における「キリストのエルサレム入城」という荘厳な場面を、謝肉祭の仮装行列と政治的な群衆デモが渾然一体となったブリュッセルの街頭風景へと大胆に置き換え、キリストその人さえも群衆の熱狂に埋没し、ほとんど見分けがつかなくなってしまうという、痛烈な社会風刺を描いた作品でありながら、その過激さゆえに、画家自身が創設に関わった芸術家集団からの除名危機を招くことになった、アンソール畢生の問題作です。
制作背景
この絵は1888年、アンソールが28歳の頃に制作されました。あまりの大きさのため、アンソールは画面全体を一度に見渡しながら作業することができず、カンヴァスの一部を壁に釘で留め、残りの部分は床に垂らしたまま、筆やパレットナイフ、ヘラを使って絵具を厚く盛り上げるようにして描き進めたと伝えられています。
主題は、聖書に記されたキリストのエルサレムへの凱旋、いわゆる「棕櫚の主日」の場面を下敷きにしていますが、アンソールはこれを、もしキリストが今の時代にブリュッセルへ現れたら、という空想の場面へと置き換えました。画面上部には「VIVE LA SOCIALE(社会万歳)」と書かれた大きな垂れ幕が掲げられ、謝肉祭の仮装をした群衆、政治的なスローガンを掲げる旗、鼓笛隊、道化師や骸骨の仮面をつけた人々が、街路を埋め尽くすようにひしめき合っています。画面の奥、群衆の中心近くには、光輪を頂いた小さなキリストの姿が描かれていますが、その存在は周囲の熱狂に埋もれ、ほとんど目立つことなく群衆に取り込まれてしまっています。
見どころ

構図とスケール: 手前の群衆は誇張された仮面のような顔で克明に描かれる一方、画面奥に向かうにつれて人々の姿はより抽象的な塊へと溶け込んでいき、額縁のように配置された演壇や桟敷席が、劇場の舞台さながらの深い奥行きを演出しています。
埋没するキリスト: この絵の最大の逆説は、主役であるはずのキリストが、画面の中でほとんど埋もれてしまっていることです。政治的スローガン、謝肉祭の狂騒、群衆の匿名的なエネルギーに飲み込まれ、聖なる存在であるはずのキリストの姿は、もはや群衆の一部としか見分けがつきません。
風刺の対象: 画面には「FANFARES DOCTRINAIRES TOUJOURS RÉUSSI(教条主義の鼓笛隊、いつも大成功)」といった皮肉めいた横断幕や、アンソール自身と対立していた人物たちへの当てこすりとみられる図像も描き込まれており、単なる宗教画のパロディにとどまらない、同時代のベルギー社会そのものへの風刺画としての性格を強く持っています。
評価と受容
この絵をめぐっては、アンソール自身が創設に深く関わった前衛芸術家集団「20人会」との間で、深刻な対立が生じました。1887年の展覧会で「20人会」がポワンティリスムの旗手ジョルジュ・スーラを招き、その代表作《グランド・ジャット島の日曜日の午後》が絶賛される一方でアンソールの作品が顧みられなかったことへの反発もあり、両者の関係はすでに悪化していました。そこへこの《キリストのブリュッセル入城》が発表されると、あまりの過激さに会員たちの間で激しい議論が巻き起こり、結果としてアンソールは「20人会」から除名される事態を招いています。
作品自体も公の場で展示されることはなく、アンソールは生涯にわたってこの絵を手元に置き続け、自宅兼アトリエに大切に飾っていたと伝えられています。一般公開されたのは、制作から40年以上が経過した1929年、ブリュッセルの美術宮でのことでした。第二次世界大戦中には砲弾の破片によって画面の一部(左下の骸骨の仮面をつけた「死」の figure周辺)が損傷を受けています。アンソールの没後、1949年以降は銀行家ルイ・フランクの手に渡り、1987年、ベルギー国内での反対の声にもかかわらず、約900万ドルでゲティ美術館へ売却され、現在はロサンゼルスで常設展示されています。今日では、表現主義の先駆けとして、また20世紀を通じて描かれた大衆・群衆というテーマを論じる上で欠かせない一枚として、高く評価されています。
よくある誤解
誤解①「この絵は発表後すぐに高く評価された、アンソールの生前からの代表作だった」→ 実際は生前ほとんど公開されず、評価が定まったのは没後
今日の高い評価から、発表当初から傑作として認められていたと思われがちですが、実際にはこの絵は「20人会」からの除名騒動を招いた後、生涯のほとんどをアンソール自身の手元に留め置かれ、一般公開されたのは制作から40年以上を経た1929年のことでした。
誤解②「この絵はベルギー国内の美術館に所蔵されている」→ 実際は1987年にアメリカのゲティ美術館へ売却された
アンソールを代表するベルギーの国民的作品であることから、ベルギー国内の美術館所蔵だと思われがちですが、実際には1987年、国内での反対の声にもかかわらずアメリカへ輸出され、現在はロサンゼルスのゲティ美術館が所蔵しています。
FAQ
Q. 《キリストのブリュッセル入城》とはどんな作品ですか?
A. アンソールが1888年、28歳の頃に手がけた大作の油彩画で、聖書のキリストのエルサレム入城を、謝肉祭と政治集会が入り混じったブリュッセルの群衆風景に置き換えて描いています。ゲティ美術館が所蔵しています。
Q. なぜこの絵はアンソールの除名危機を招いたのですか?
A. 聖なる場面を謝肉祭の狂騒と政治風刺に置き換えるという過激な内容が、アンソールが所属していた芸術家集団「20人会」の会員たちの間で激しい反発を招いたためです。
Q. なぜキリストの姿はこんなに目立たないのですか?
A. 群衆の熱狂とスローガン、匿名的なエネルギーに埋没していく様子を描くことで、現代社会における個人と大衆の関係を風刺する意図があったと考えられています。
Q. 《キリストのブリュッセル入城》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ロサンゼルスのJ・ポール・ゲティ美術館が所蔵しています。
まとめ
《キリストのブリュッセル入城》は、聖書における荘厳な場面を、謝肉祭の仮装行列と政治的な群衆デモが渾然一体となったブリュッセルの街頭風景へと置き換え、キリストその人さえも群衆の熱狂に埋没してしまうという、痛烈な社会風刺を描いた作品でありながら、その過激さゆえに画家自身の除名危機を招いた、アンソール畢生の問題作です。130年以上を経た今もなお、この絵は大衆の熱狂という、時代を超えて繰り返される人間社会の姿を私たちに問いかけています。

