開いた襖の陰から、一匹の猫がそっと身を乗り出しています。視線の先には、畳の上を這う小さな蜘蛛。首には華やかな布を巻きつけられた愛玩猫でありながら、その目つきには獲物を狙う獣の本能がのぞいています。《猫に蜘蛛図》は、江戸末期から明治にかけて活躍した日本画家・大出東皐(おおいで・とうこう)の手による作品です。花鳥画を得意としたこの画家は、猫を主題にした作品を数多く残しています。
基本情報
作者:大出東皐(1841〜1905)
生誕地:江戸・神田
技法:絹本着色
得意分野:花鳥画(特に猫を描いた作品)
所属:日本美術協会会員、日本画会委員
主な代表作:《牡丹ニ猫》(1900年パリ万国博覧会出品)、《藤に猫之図》
一言でいうと
《猫に蜘蛛図》は、襖の陰から畳の上の蜘蛛をじっと見つめる一匹の猫を描いた作品です。首に巻かれた華やかな布地が、この猫が大切に飼われている愛玩猫であることを物語る一方、身をかがめて獲物に集中するその姿には、野生の本能がそのまま表れています。
制作背景
大出東皐は1841年、江戸の神田に生まれました。3歳の頃に父とともに桐生(現在の群馬県)へ移り住み、地元の画家に学んだ後、江戸に出て織物会社の設立にも関わりますが、これは失敗に終わっています。その後、書家中沢雪城のもとに寄寓して書を修め、藤堂凌雲について花鳥画を本格的に学びました。一時期は瀬戸で陶器の下絵を手がけるなど、絵画と工芸の両分野で活動の幅を広げています。
明治20年代に入ると、東皐は内国勧業博覧会などの展覧会に作品を出品するようになり、1896年の第1回絵画共進会では《風雨牡丹図》で最高賞にあたる銀賞を受賞しました。1900年のパリ万国博覧会には《牡丹ニ猫》を出品し、フランスで高い評価を受けています。花鳥画、とりわけ猫を主題とした作品を得意とし、こうした画題を繰り返し手がけました。
見どころ

布を巻かれた首元
猫の首には、赤と青の織り模様を持つ華やかな布が結ばれています。この装飾が、この猫が誰かに大切に飼われている存在であることを示すと同時に、続く緊張した狩りの場面との対比を生み出しています。
襖と獲物が作る対角線の構図
画面は、右手前に大きく描かれた猫と、左下に小さく配置された蜘蛛とを、対角線状に結ぶ構図になっています。この配置によって、鑑賞者の視線は自然と猫の視線をたどるように、獲物へと導かれていきます。
写実と装飾の同居
猫の毛並みは繊細な筆致によって柔らかく写実的に表現されている一方、首に巻かれた布地の模様は、平面的で装飾性の高い描き方がなされています。この写実と装飾の使い分けは、当時の花鳥画にしばしば見られる特徴です。
評価と受容
東皐は日本美術協会の会員、日本画会の委員として活躍し、国内の展覧会でたびたび受賞を重ねました。猫を主題にした作品は特に人気が高く、《藤に猫之図》のような親猫と子猫を描いた作品も知られています。晩年は故郷の桐生に戻り、地元での画会を開くなど、落ち着いた暮らしを送りながら制作を続けました。彼の作品は国内外の美術館にも収蔵されており、明治期の花鳥画を代表する画家の一人として位置づけられています。
よくある誤解
誤解①「東皐は生涯を通じて花鳥画だけを手がけた専業画家だった」→ 実際は工芸分野でも幅広く活動している
花鳥画の名手として知られていることから、絵画一筋の画家だと思われがちですが、実際には陶器の下絵や織物の図案デザインなど、工芸分野でも活動しており、幅広い技能を持つ人物でした。
誤解②「猫を描いた作品はすべて愛玩動物としての穏やかな姿だけを描いている」→ 実際は野生の本能を捉えた緊張感のある場面も描いている
花鳥画の猫というと穏やかな情景を思い浮かべがちですが、この《猫に蜘蛛図》のように、獲物を狙う瞬間の緊張感を捉えた作品も手がけており、単なる愛らしさだけにとどまらない観察眼がうかがえます。
FAQ
Q. 《猫に蜘蛛図》とはどんな作品ですか?
A. 明治期の画家大出東皐による作品で、襖の陰から畳の上の蜘蛛を見つめる猫の姿を描いています。布を巻かれた首元が、この猫が飼い猫であることを示しています。
Q. 大出東皐とはどんな画家ですか?
A. 江戸末期から明治にかけて活躍した花鳥画家で、猫を主題にした作品を数多く手がけ、1900年のパリ万国博覧会にも出品して高い評価を受けた人物です。
Q. なぜこの絵の猫は首に布を巻いているのですか?
A. 明確な記録は残っていませんが、当時の愛玩猫にしばしば見られた装飾用の首巻きを表しており、この猫が大切に飼われている存在であることを示していると考えられます。
Q. 東皐の代表作にはどんなものがありますか?
A. パリ万博に出品された《牡丹ニ猫》や、親子の猫を描いた《藤に猫之図》などが知られています。
まとめ
華やかな布を首に巻かれた愛玩猫が、それでも本能のままに小さな蜘蛛へと視線を注ぐ――この対比の中に、東皐の観察眼の確かさが表れています。花や鳥だけでなく、身近な猫の一瞬の緊張感まで丁寧にすくい取ったこの一枚は、明治期の花鳥画が持つ細やかな観察の伝統を今に伝えています。
