バーゼル美術館に、翼を持つ黒い獣にまたがり、中世の町の路地を駆け抜ける死の化身を描いたテンペラ画がある。《ペスト(独:Die Pest)》と題されたこの作品は、スイスの象徴主義画家アルノルト・ベックリンが1898年に手がけたものだ。戦争、疫病、死という主題に生涯とりつかれ続けた彼の関心が、この1枚に凝縮されている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アルノルト・ベックリン(1827〜1901) |
| 制作年 | 1898年 |
| 技法・素材 | テンペラ・板 |
| サイズ | 149.8×105.1cm |
| 所蔵 | バーゼル美術館 |
死そのものを乗り物に乗せて描く
本作が描いているのは、コウモリを思わせる翼を持つ生き物にまたがり、中世ヨーロッパの町並みを駆け抜ける「死」そのものの姿だ。死を単なる骸骨としてではなく、生き物にまたがった能動的な存在として描くこの構図が、見る者に切迫した恐怖を伝えている。
見どころ

死の化身とその不気味な乗り物
画面上部には、鎌を手にした死の化身が、翼を広げた獣の背にまたがって描かれている。その青白い肌と虚ろな表情が、抗いようのない運命そのものを体現している。
腐敗を思わせる淡い緑の色調
画面全体は、腐敗を連想させる淡い緑色を基調に塗られている。この不穏な色彩選択が、疫病という主題にふさわしい、生々しい死の気配を漂わせている。
逃げ惑う人々の暗い衣装
中景から背景にかけては、死の行く手から身を隠そうと逃げ惑う人々が、黒や褐色の沈んだ色調で描かれている。彼らの必死な動きが、迫りくる死からは誰も逃れられないという絶望感を強めている。
唯一鮮やかな赤い布
画面中央手前には、赤い布をまとった女性が、すでに命を落とした別の女性の亡骸の上に倒れ伏している。抑えられた色調のなかで、この赤だけが強い存在感を放ち、画面全体の悲劇性を1点に集約させている。
パンデミックの時代に再び注目された1枚
本作は2020年代初頭、世界的な感染症の流行のさなか、メディアを通じて疫病を象徴する絵として広く取り上げられることになった。制作から100年以上を経てなお、この絵が持つ恐怖の普遍性が、あらためて多くの人の目に触れる機会となった。
実際に見るには
本作はバーゼル美術館の常設コレクションに所蔵されている。同館では2021年に「ベックリンとの出会い」と題した展覧会が開かれ、本作を含む彼の画業全体を通観する機会が設けられた。
FAQ
Q. 《ペスト》はどこで見られますか?
バーゼル美術館に所蔵されている。
Q. この絵は何を描いていますか?
翼を持つ獣にまたがった死の化身が、中世の町を駆け抜けて人々に襲いかかる場面である。
Q. なぜ緑色が多用されているのですか?
腐敗や死を連想させる色として、意図的に選ばれたと考えられている。
Q. なぜ近年この絵が再び注目されたのですか?
2020年代初頭の感染症の世界的流行の際、疫病を象徴する絵としてメディアで広く取り上げられたためである。
Q. ベックリンはどんな画家でしたか?
戦争や疫病、死といった主題を生涯にわたって追求した、スイスの象徴主義を代表する画家である。
まとめ
《ペスト》は、疫病という目に見えない恐怖を、翼を持つ死の化身という具体的な姿に置き換えて描いた1枚だ。100年以上前に描かれたこの絵が、現代の感染症のさなかに再び人々の目に留まったという事実こそ、恐怖というものがいかに時代を超えて共通するかを物語っている。
