《デス・アット・ザ・ヘルム》(1893年)は、ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクが描いた、死を主題にした油彩画です。波の静かな青い海に浮かぶ小舟で、骸骨が舵のそばに腰を下ろし、老人が、帽子をかぶったまま、うなだれています。恐ろしい場面ではなく、穏やかな海の風景のなかに、死が自然に座っているところに、この作品の不気味さがあります。
基本情報
作者はエドヴァルド・ムンク(1863〜1944)、制作年は1893年です。技法はキャンバスに描いた油彩で、サイズは縦100×横120cm。オスロのムンク美術館に所蔵されています。署名はありません。原題はノルウェー語で「Døden ved roret」、英題は「Death at the Helm」です。
制作背景|死を描き続けた時期
ムンクは、幼いころから、身近な死に囲まれて育ちました。5歳で母を、14歳で姉を、結核で亡くしています。ムンクは、病気、狂気、死が、揺りかごの上から見守る黒い天使のように、自分に付きまとってきた、という趣旨のことを書き残しています。
1893年は、死を主題にした作品が、集中して生まれた年です。この年には、母や姉の死を下敷きにした《病室の死》が描かれ、ベルリンでの個展にも、複数の作品が出品されました。本作は、同じ年に描かれた、死の主題の一つですが、ほかの作品とは、様子が異なります。
見どころ|海の上の骸骨

画面の中央に、骸骨が、舟の縁に腰かけています。細い骨の脚を組み、膝に腕を置いて、頭蓋骨を、まっすぐ前に向けています。歯をのぞかせた口元は、笑っているようにも見えます。骨は、黄土色から茶色で塗られ、黒ずんだ部分は、干からびた肉のようにも見えます。
右には、深い緑の帽子と上着をまとった老人が、赤い首巻きをして、うつむいて座っています。顔は、帽子の影になり、うたた寝をしているのか、うなだれているのか、はっきりしません。骸骨が、すぐそばにいることに、気づいている様子はありません。舟の内側は、暗い赤茶で塗られ、縄のようなものが見えます。
背景には、青緑の海が広がり、短い黒い筆の線が、波の動きを表しています。遠くには、白い帆をあげた別の船が、浮かんでいます。空には、淡い雲と、鳥の姿が見えます。左側には、黄色の帆が、画面の外へはみ出すように大きく広がり、その鮮やかな色が、青い海と対照をつくっています。
DailyArtは、この作品を、死を描いた他の作品のなかで、例外的だと述べています。骸骨が、老人の舟の舵のそばに、静かに座り、その老人の人生と、第二の平面にいる船の男たちの人生を、避けられない死の運命へ、導いているのだ、という解釈です。
色の対比
画面の色は、青、緑、黄色の、三つを中心に構成されています。穏やかな夏の海を思わせる、明るい色づかいです。その明るさのなかに、骸骨が座っているため、死が、特別な出来事ではなく、日常の風景の一部のように見えてきます。
まとめ
《デス・アット・ザ・ヘルム》は、死を、暗い部屋や臨終の場面ではなく、明るい海の上に置いた作品です。舵を握るのは、老人ではなく、骸骨かもしれない。そう思わせる静かな構図が、見る者に、人の生が、何に導かれているのかを、問いかけてきます。

