《砂糖壺、梨とテーブルクロス》(1893〜94年)は、ポール・セザンヌが晩年に近い時期に描いた静物画で、神奈川県箱根町のポーラ美術館が所蔵しています。白い砂糖壺、梨とりんご、レモンのような黄色い果実、そして大きな模様の布。身近な品々が、傾いた机の上に、積み木のように並べられています。セザンヌが静物画で追い求めた、「見えたものを写す」のではなく「画面のなかで組み立てる」という姿勢が、よく表れた一枚です。
基本情報
作者はポール・セザンヌ(1839〜1906)、制作年は1893〜94年とされます。技法は油彩・カンヴァスで、サイズは50.9×62.0cm。所蔵はポーラ美術館です。年代については、研究者によって、1885年説から1890年代半ばまで幅がありますが、現在は1893〜94年とするのが一般的です。
制作背景|静物を「構築」する画家
セザンヌは、南仏のエクス=アン=プロヴァンスを拠点に、生涯を通じて、風景、人物、静物を描き続けました。なかでも静物画は、モデルが動かず、時間をかけて試行錯誤できる、実験の場でした。りんごや梨のような傷みにくい果物と、白い陶器、模様のある布。同じような品々を繰り返し並べては、配置と色の関係を探り続けています。
本作に描かれた白い砂糖壺や、青灰色の模様を持つ布は、この時期の静物画に登場する、セザンヌ愛用の道具立てでした。ヴォラール画廊の在庫台帳には、白木のテーブルの上に果物、布、砂糖壺が置かれた、縦50×横62センチほどの静物画が記録されており、価格は300フランとされています。
見どころ|白い砂糖壺と、梨の色

画面の中心に据えられた白い砂糖壺は、純白ではなく、青、緑、紫の淡い色を含んでいます。2つの渦巻き状の取っ手が、丸い胴の両側から立ち上がり、静かな存在感を放っています。
その手前の皿には、赤、橙、黄色が混ざり合った梨が重なっています。一つの梨のなかにも、赤から黄色、緑へと色が移り変わり、光が当たる面と影になる面が、筆の跡のひとつひとつで描き分けられています。りんごには緑の地に赤い斑点があり、右には黄色いレモンのような果実、さらに濃い緑の果実が、机の上に置かれています。果物は、形がはっきりした「かたまり」として描かれ、そこに量感が与えられています。
見どころ|傾く机と、模様の布
机の面は、手前に迫り出すように傾いて見えます。皿は上から眺めたように、砂糖壺は横から見たように描かれ、一つの画面のなかに、複数の視点が同居しているように見えます。果物は今にも机から滑り落ちそうでありながら、不思議な安定感を保っています。
左側には、青灰色の渦巻きや幾何学的な模様を持つ布が、大きく垂れ下がっています。細部はほとんど描き込まれず、暗い青の筆致で単純化された模様が、画面に力強いリズムを与えています。背景の灰青色の壁には、平行に並ぶ斜めの短い筆致が重なり、画面全体に、規則的な動きと奥行きを生んでいます。
来歴
本作は、ボストンの個人コレクションを経て、のちに日本に渡り、ポーラ美術館の所蔵となりました。1999年には横浜美術館の「セザンヌとその時代」展などの日本国内の展覧会に出品され、2001年から02年には、米国のフィリップス・コレクションとボストン美術館で開かれた静物画展にも貸し出されています。
評価と影響
セザンヌの静物画は、のちのキュビスムをはじめとする20世紀の絵画に、決定的な影響を与えました。複数の視点を一つの画面に統合し、色の変化で形を築くという考え方は、本作のような静物画のなかで、静かに実験されていました。何気ない食卓の風景に見えて、じつは絵画の構造そのものを問い直す、緊張感をはらんだ一枚です。
まとめ
《砂糖壺、梨とテーブルクロス》は、日常の品々を、傾いた机の上で、色と形のかたまりとして組み立て直した静物画です。白い砂糖壺の静けさと、梨の色の豊かさ、布の力強い模様。ひとつひとつは身近な品でありながら、それらが画面のなかで釣り合うことで、絵画としての新しい秩序が生まれています。

