亀の調教師とは|オスマン・ハムディ・ベイが亀に託した帝国への皮肉

イスタンブールのペラ美術館に、赤い衣をまとった老人が、床に散らばる亀たちをじっと見下ろす大きな油彩画がある。《亀の調教師(トルコ語:Kaplumbağa Terbiyecisi)》と題されたこの絵は、オスマン帝国の画家オスマン・ハムディ・ベイが1906年に手がけたもので、トルコ絵画史のなかでも最も象徴的な1枚とされている。

基本情報

項目内容
作者オスマン・ハムディ・ベイ(1842〜1910)
制作年1906年(1907年に第2ヴァージョンあり)
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ221.5×120cm
所蔵ペラ美術館(イスタンブール、スナ&イナン・クラチ財団コレクション)

パリのサロンで発表された1枚

本作は1906年5月1日、パリのグラン・パレで開催されたフランス芸術家協会主催のサロン展に「亀を連れた男」というフランス語の題で初めて出品された。オスマン・ハムディ・ベイはトルコで初めての考古学者の1人として知られ、イスタンブール考古学博物館や、現在のミマール・シナン美術大学の前身にあたる美術学校を創設した人物でもある。翌1907年には、構図をやや変えた小型のヴァージョンが制作され、こちらは彼の姻戚にあたるサリフ・ムニル・パシャに捧げられている。2004年、本作はトルコ絵画史上でも屈指の高額、350万ドルで取引されたことでも知られている。

老人が着る、時代錯誤な装束

画面に描かれた老人は、フェズ帽や西洋風の服装が広まる以前、タンジマート改革以前のオスマン帝国の伝統的な宗教的装束をまとっている。この時代錯誤な姿は、画家自身の自画像ではないかとも考えられている。彼は伝統楽器ネイ(葦笛)を手に、背中には打楽器を背負い、まるでこの笛の音で亀たちを「調教」しようとしているかのような姿勢を取っている。

亀という主題に込められた皮肉

この絵は一般に、オスマン帝国が進めていた改革の遅々とした歩みへの風刺として解釈されている。当時、スルタン、アブデュルハミト2世による改革は効果を上げられず、むしろ社会の混乱を助長しているとさえ非難されていた。動きの遅い亀を訓練しようとする老人の姿は、こうした改革の空回りを象徴的に映し出しているというのが、広く受け入れられている読み解き方だ。

またこの構図には、18世紀初頭、スルタン・アフメト3世の治世に花開いた「チューリップ時代」の逸話も重ねられている。当時、夜の庭園での催しの際、亀の甲羅に蝋燭を乗せて歩かせ、灯りとして用いたという風習があったとされ、本作の亀たちにもその記憶が響き合っている。

見どころ

背を向けたまま亀を見下ろす老人の姿

老人は鑑賞者に背を向け、床の亀たちをじっと見下ろしている。この後ろ姿という構図が、彼の表情や心情を隠したまま、その徒労感だけを静かに伝えている。

床に散らばる複数の亀たち

老人の足元には、大小さまざまな亀が思い思いの方向を向いて散らばっている。近年の研究では、これらの亀がスパーサイ・トータス(トゲアシガメ)の一種、テストゥド・グラエカ・イベラだと特定されている。

幾何学模様に彩られたタイルの壁

背景には、青を基調としたオスマン様式のタイル装飾と、アラビア文字を思わせる文様が施された壁が描かれている。この華麗な装飾と、老人の徒労めいた仕草との対比が、画面全体に静かな緊張感を与えている。

崩れかけた壁とレンガの露出

画面右上には、タイルが剥がれ落ち、下地のレンガがのぞく箇所が描かれている。この荒廃の兆しが、華やかな装飾の背後にある帝国の衰えを、さりげなく暗示している。

実際に見るには

本作はイスタンブールのペラ美術館に所蔵されている。1907年に手がけられた第2ヴァージョンは個人蔵となっており、現在はサバンジュ大学で展示されている。あわせて見比べることで、オスマン・ハムディ・ベイがこの構図にどのような微調整を重ねていったかがうかがえる。

FAQ

Q. 《亀の調教師》はどこで見られますか?
イスタンブールのペラ美術館に所蔵されている。

Q. この絵は何を風刺しているのですか?
オスマン帝国が進めていた改革の遅々とした、効果の乏しい歩みへの風刺だと広く解釈されている。

Q. 描かれている老人は誰ですか?
明確な特定はされていないが、画家オスマン・ハムディ・ベイ自身の自画像ではないかと考えられている。

Q. なぜ亀の甲羅と蝋燭に関する逸話が関係しているのですか?
18世紀の「チューリップ時代」に、亀の甲羅に蝋燭を乗せて庭園の灯りとして使う風習があったとされ、この絵の亀たちにもその記憶が重ねられている。

Q. オスマン・ハムディ・ベイはどんな人物でしたか?
画家であると同時に、トルコ初の考古学者の1人であり、美術教育機関の創設者としても知られる人物である。

まとめ

《亀の調教師》は、フェズ帽以前の時代錯誤な装束をまとった1人の老人が、動かぬ亀たちに向き合う姿を通じて、改革という営みそのものの徒労感を静かに描き出した1枚だ。背を向けたまま亀を見下ろすその後ろ姿を眺めていると、笛の音がどれだけ美しくとも、亀の歩みは変わらないという、ある種の諦観だけが伝わってくる。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!