サンクトペテルブルクのロシア美術館に、白い野良着姿で裸足のまま森を背にして立つ、老いた文豪を描いた縦長の油彩画がある。《裸足のトルストイ(露:Лев Толстой босой)》と題されたこの絵は、ロシアの画家イリヤ・レーピンが1901年に完成させたものだ。だが実際には、この1枚が生まれるまでに10年の歳月が費やされている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | イリヤ・レーピン(1844〜1930) |
| 制作年 | 1901年(着想は1891年) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 207×73cm |
| 所蔵 | ロシア美術館(サンクトペテルブルク) |
長年の友、トルストイの領地で
レーピンとレフ・トルストイは長年にわたり親しい友人関係にあった。レーピンはたびたびトルストイの領地ヤースナヤ・ポリャーナを訪れ、そこで実際に対面しながら1連の肖像画群を描き続けている。本作の出発点は1891年、レーピンがカエデの森で祈るトルストイの姿を素描したことにさかのぼる。この小さな習作(現在はトレチャコフ美術館に所蔵)が、やがて10年をかけて本作のような大画面へと発展していった。トルストイ自身も、自邸の庭で何度もモデルとして立ち会っていたと伝えられている。
「簡素な生活」を求めた文豪
トルストイは晩年、貴族としての身分を離れ、農民のように働く「簡素な生活」を実践しようとしたことで知られている。本作に描かれた白い野良着と裸足の姿は、まさにそうした彼の精神的な探求を映し出したものだ。レーピンはトルストイについて、この巨人がどれほど自らを質素な装いに包み、身をやつそうとも、その内側に宿るゼウスのような偉大さは決して隠しきれないと語ったと伝えられている。
見どころ

白い野良着に包まれた大きな体躯
トルストイは、ゆったりとした白いシャツをまとい、腰には黒い帯を締めている。この簡素な装いが、彼の実際の体格の大きさをかえって際立たせ、静かな威厳を漂わせている。
大地を踏みしめる裸足
画面下部には、はだしのまま地面に立つ両足が描かれている。貴族でありながら農民の暮らしを志したトルストイの生き方そのものが、この足の描写に凝縮されている。
深い緑の森を背にした静けさ
背景には、緑に沈んだ森の木立が広がっている。この落ち着いた色調が、人物の白い装いを際立たせながら、思索にふける文豪の内面的な静けさを画面全体に伝えている。
遠くを見つめる瞑想的な眼差し
トルストイの視線は、鑑賞者ではなく、どこか遠くへと向けられている。この眼差しが、自己の内面に沈潜するような、瞑想的な集中の状態を表現しているとされる。
実際に見るには
本作はサンクトペテルブルクのロシア美術館に所蔵されている。1891年の準備素描はモスクワのトレチャコフ美術館に所蔵されており、あわせて見比べることで、レーピンがこの1枚にどれほど長い時間をかけて向き合い続けたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《裸足のトルストイ》はどこで見られますか?
サンクトペテルブルクのロシア美術館に所蔵されている。
Q. レーピンとトルストイはどんな関係でしたか?
長年の親しい友人であり、レーピンはトルストイの領地ヤースナヤ・ポリャーナを何度も訪れ、実際に対面しながら肖像画を描き続けていた。
Q. なぜこの絵の完成に10年もかかったのですか?
1891年に描いた祈るトルストイの素描が出発点となり、それを大画面の作品へと発展させるまでに長い年月を要したためである。
Q. なぜトルストイは裸足で農民風の服装なのですか?
晩年のトルストイが貴族の身分を離れ、農民のように働く「簡素な生活」を実践しようとしていたことを反映しているとされる。
Q. レーピンはどんな画家でしたか?
移動展覧会協会(ペレドヴィジニキ)に連なるロシア写実主義の画家で、トルストイをはじめ多くの著名人の肖像を手がけた。
まとめ
《裸足のトルストイ》は、1本の素描から10年をかけて育て上げられた、忍耐強い観察の記録だ。簡素な野良着と裸足の足元に込められているのは、貴族としての身分を捨てようとした1人の文豪の、静かで揺るぎない意志にほかならない。
