マドリードのプラド美術館に、日本趣味の調度品に囲まれた部屋で遊ぶ2人の子どもを描いた油彩画がある。《日本風のサロンにいる画家の子供たち(西:Los hijos del pintor en el salón japonés)》と題されたこの絵は、スペインの画家マリアノ・フォルトゥーニが1874年、まさに彼が世を去るその年に手がけた作品だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マルサル(1838〜1874) |
| 制作年 | 1874年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | プラド美術館(マドリード) |
36歳で世を去った早熟の画家
フォルトゥーニはカタルーニャのレウスに生まれ、バルセロナのラ・リョトハ美術学校とローマのアカデミア・ジジで学んだ。ロマン主義とオリエンタリスムに強く傾倒し、モロッコをはじめとする異国の情景や、スペイン帝国の軍事的主題を数多く手がけたことで知られる画家だ。「テトゥアンの戦い」を描くために全長15メートルにも及ぶ大画面に挑んだが、この作品は10年近く手を加え続けたにもかかわらず、ついに未完に終わっている。
1868年にパリを訪れた彼は、後にプラド美術館の館長となるフェデリコ・デ・マドラソの娘、セシリア・デ・マドラソと結婚した。2人のあいだに生まれた息子マリアノ・フォルトゥーニ・イ・マドラソは、後年テキスタイルとファッションの世界で名を馳せることになる人物だが、父である画家が世を去ったとき、彼はまだわずか3歳だった。本作は、まさにその晩年、家族とともに過ごした最後の時期に描かれた1枚である。
収集した日本の品々に囲まれて
フォルトゥーニは熱心な日本美術・工芸品の収集家でもあった。本作の舞台となっている部屋を彩る調度品や家具の数々は、まさに彼自身が集めたコレクションそのものだったとされている。描かれているのは、画家の子どもたち、マリア・ルイサと幼いマリアノが、この異国趣味に満ちた部屋でくつろぐ様子だ。
画面の構図には、部屋をやや上方から見下ろすような、当時としては珍しい視点が採用されている。この視点によって、日本の調度品や家具の細部までもが余すところなく描き込まれている。柔らかく温かみのある色調が全体を包み、ピンクと黄色を基調としながら、日本趣味の品々にはより鮮やかな色彩が差し込まれている。
見どころ

布に包まれ、こちらに背を向ける幼子
画面左手には、幼い子どもが布をまとった状態で座り、背を向けている。あどけない後ろ姿が、画面全体にくつろいだ家庭的な空気を添えている。
団扇を手に横たわる少女
画面右手には、赤い衣をまとった少女が団扇を手にしながら、寝椅子の上でゆったりと身を横たえている。彼女の姿勢の自然さが、いかにも遊び疲れた午後のひとときを思わせる。
金色の蝶と枝ぶりの壁面装飾
背景の壁には、金色に輝く蝶と、細やかに描かれた枝の意匠が施されている。こうした日本趣味の装飾が、部屋全体を異国情緒あふれる空間へと変えている。
緑の観葉植物と華やかな織物
画面左端には、大きな葉を広げる観葉植物と、色とりどりの布地が積み重ねられている。こうした細部の描き込みの豊かさが、フォルトゥーニの卓越した観察眼を物語っている。
実際に見るには
本作はマドリードのプラド美術館に所蔵されており、1904年に同館が取得して以来の所蔵品となっている。フォルトゥーニの代表作の1つとして知られ、彼が生涯のうちに手がけたオリエンタリスム的な主題とはまた違う、私的で親密な一面を伝える作品でもある。
FAQ
Q. 《日本風のサロンにいる画家の子供たち》はどこで見られますか?
マドリードのプラド美術館に所蔵されている。
Q. 描かれている子どもたちは誰ですか?
画家自身の子ども、マリア・ルイサと幼いマリアノである。
Q. なぜ部屋が日本趣味の品々で満ちているのですか?
フォルトゥーニ自身が日本の美術品や工芸品の熱心な収集家であり、その所蔵品が部屋の装飾として描き込まれているためである。
Q. この絵はいつ描かれましたか?
1874年、フォルトゥーニが36歳で世を去るその年に制作された。
Q. フォルトゥーニはどんな画家でしたか?
ロマン主義とオリエンタリスムに傾倒し、異国の情景や軍事的主題を得意としたスペインの画家である。
まとめ
《日本風のサロンにいる画家の子供たち》は、異国の戦場や砂漠を描き続けてきた画家が、人生の最後に自らの家族へと向けた、静かで親密な1枚だ。父が世を去ったときまだ3歳だった息子は、後年テキスタイルの世界で名を成すことになるが、この絵が描かれた瞬間、彼はただ日本趣味の部屋で無邪気に過ごす1人の幼子でしかなかった。
