縦横2メートルを超える大画面に、42匹もの猫たちがひしめき合って描かれている。《マイ・ワイフズ・ラヴァーズ(英:My Wife’s Lovers)》と題されたこの油彩画は、オーストリア出身の画家カール・カーラーが1891年から1893年にかけて手がけたもので、ある大富豪の女性が溺愛した猫のコレクションを、ほぼ実物大の迫力で描き出した1枚だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | カール・カーラー(1856〜1906) |
| 制作年 | 1891〜1893年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約1.8×2.6m(重量103kg) |
| 描かれる猫の数 | 42匹 |
猫を描いたことのない画家への依頼
本作を依頼したのは、サンフランシスコの富豪ケイト・バードソール・ジョンソンである。彼女はトルコ産アンゴラ猫やペルシャ猫を溺愛し、ソノマ近郊の別荘「ブエナ・ビスタ」で数十匹の猫を飼育していたと伝えられている。一説には350匹もの猫を飼い、遺言で50万ドルを猫たちに遺したとも言われているが、これは誇張であり、実際にはおよそ50匹程度だったとする見方が有力だ。
依頼を受けたカーラーは、それまで一度も猫を描いたことがなかった。彼はもともとオーストラリアで肖像画や競馬の情景で名を上げた画家だったが、ジョンソンの熱心な説得を受けてこの挑戦を引き受け、数か月から3年にわたって猫たちの仕草や習性を観察し、下絵を重ねていったという。
画面中央に座す「スルタン」
画面の中心に描かれているのは、ジョンソンがパリ旅行の際に見初め、法外な金額を支払ってまで手に入れたペルシャ猫、スルタンである。この1匹を軸に、周囲にはさまざまな毛色と個性を持つ猫たちが、あらゆる角度から配置されている。カーラーはこの作品に対しておよそ5000ドル(現在価値でおよそ17万〜18万ドル)の報酬を受け取ったと伝えられている。
「妻の恋人たち」という題名の由来
本作の題名「マイ・ワイフズ・ラヴァーズ」は、長らくジョンソンの夫がこの猫たちを指してそう呼んでいたことに由来するとされてきた。しかし依頼当時、夫はすでに2年前に他界していたことから、実際にはジョンソン自身が、亡き夫がかつて猫たちに向けていたその愛称を借りて、この絵に名付けたのではないかとも考えられている。
数奇な来歴をたどった1枚
本作は1893年のシカゴ万国博覧会にジョンソンの貸し出し作品として出品され、大きな話題を呼んだ。同じ年にジョンソンが亡くなると、翌1894年の遺産競売でアーネスト・アケットがこれを買い取り、サンフランシスコの自身の画廊「パレス・オブ・アート・サロン」に展示した。このサロンは1906年のサンフランシスコ地震で倒壊してしまうが、絵自体は奇跡的に難を逃れている。その後1940年代にはシカゴのジュリアン夫妻の所有となり、同年のマディソン・スクエア・ガーデンでの猫の品評会にも展示された。1949年には『キャット・マガジン』誌が本作を「世界最高の猫の絵画」と評し、2015年のサザビーズのオークションでは80万ドルを超える価格で落札されている。
見どころ

中央に堂々と座すスルタン
画面中央、豪華な東洋風の家具の上には、黒と白の毛並みを持つスルタンが、堂々とした姿勢でこちらを見つめている。彼を取り囲むように配置された他の猫たちの視線もまた、自然とこの1匹へと集まっていく。
あらゆる角度から捉えられた猫の群像
画面には、眠る猫、毛づくろいをする猫、蝶を追いかける猫など、実にさまざまな姿勢と表情の猫たちが描き込まれている。1匹ずつの個性が丁寧に描き分けられている点が、本作最大の見どころだ。
桃色の絹布が生む豪奢な舞台
画面上部には、桃色の絹布がゆったりと垂れ下がり、猫たちの休息の場を演出している。この贅を尽くした背景が、猫たちがまさに「愛玩される王侯」として扱われていたことを物語っている。
ほぼ実物大というスケール感
多くの猫が実物よりもやや大きく描かれており、これによって見る者はまるで猫たちに取り囲まれているかのような、圧倒的な臨場感を味わうことができる。
実際に見るには
本作は近年、各地の美術館を巡回する形で公開されており、ポートランド美術館などでも展示されたことがある。数奇な来歴をたどってきたこの1枚を実際に目にする機会があれば、42匹分の個性が織りなす壮観をぜひ間近で確かめてほしい。
FAQ
Q. 《マイ・ワイフズ・ラヴァーズ》とはどんな作品ですか?
サンフランシスコの富豪ケイト・バードソール・ジョンソンが飼っていた42匹の猫を描いた、実物大に近い大画面の油彩画である。
Q. 中央の猫は何という名前ですか?
スルタンといい、ジョンソンがパリで見初めて購入したペルシャ猫である。
Q. なぜ「妻の恋人たち」という題名なのですか?
ジョンソンの亡き夫が生前、彼女の猫たちをそう呼んでいたことに由来するとされている。
Q. カーラーは猫の専門画家だったのですか?
いいえ、もともとは肖像画や競馬の情景で知られた画家で、本作の依頼を受けるまで猫を描いた経験はなかった。
Q. この絵はどんな歴史をたどってきたのですか?
1893年のシカゴ万博で披露された後、複数の所有者の手を渡り、1906年のサンフランシスコ地震も生き延び、2015年にはオークションで高額落札されている。
まとめ
《マイ・ワイフズ・ラヴァーズ》は、猫を一度も描いたことのなかった画家が、ある富豪の女性の溺愛ぶりに応えるべく、数年をかけて42匹分の個性を丹念に描き分けた1枚だ。地震や幾多の所有者の変遷を生き延びてきたその来歴こそ、この絵がなぜここまで愛され続けてきたのかを何よりよく物語っている。
