大判3枚が横に並ぶと、そこには55匹もの猫たちが思い思いの姿で描き出されている。《其まま地口 猫飼好五十三疋(そのままじぐち みょうかいこうごじゅうさんびき)》と題されたこの浮世絵は、幕末の絵師・歌川国芳が1848年頃、およそ50歳の頃に手がけたもので、東海道五十三次の宿場名を、猫にまつわる駄洒落へと置き換えるという、遊び心に満ちた大作だ。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 歌川国芳(1798〜1861) |
| 制作年 | 1848年(嘉永元年)頃 |
| 技法・素材 | 木版画・大判三枚続 |
| 描かれる猫の数 | 55匹(東海道五十三次+日本橋+京都) |
「武者絵の国芳」と呼ばれた絵師の、もう1つの顔
国芳は15歳で歌川豊国の門下に入ったが、20代のうちは目立った活躍がなかったと伝えられている。転機が訪れたのは30歳を過ぎてからで、『水滸伝』の英雄たちを主題とした一連の作品によって一躍脚光を浴びることになった。当時の浮世絵師の番付では、名所絵で知られた歌川広重に対し、武者絵の国芳として名を連ねている。しかし筋骨隆々の武者絵を得意とする一方で、国芳は大の猫好きとしても知られており、猫や魚、狸などを擬人化した、コミカルで愛らしい戯画も数多く手がけていた。本作はまさに、そうした猫好きぶりが存分に発揮された1枚である。
広重の東海道への、猫による返歌
このタイトルにある「地口(じぐち)」とは、語呂合わせを用いた言葉遊びのことで、いわば駄洒落を意味する。本作は、東海道の起点である日本橋から終点の京都までの55の地点を、それぞれ猫の姿と、地名の音に引っかけた地口によって表現している。たとえば起点の「日本橋」は、2本の鰹節を「二本だし」と読ませることで表現されており、こうした言葉遊びが55図すべてにわたって展開されている。同時代に活躍した広重の代表作『東海道五拾三次』を踏まえた、いわば猫による軽妙なパロディとして構想された作品だと考えられている。
見どころ

地名を語呂合わせで示す猫たちの仕草
画面に並ぶ猫たちは、眠っていたり、毛づくろいをしていたり、何かに驚いていたりと、それぞれ異なる仕草で描かれている。その1つ1つの姿が、対応する宿場名の音を連想させる仕掛けになっており、見比べながら謎解きのように楽しむことができる。
土地の名産とともに描かれる猫
多くの猫のそばには、その土地の名産品と思われる品々が描き添えられている。猫の姿を眺めながら、当時の東海道の各宿場がどのような産物で知られていたかも、あわせて垣間見ることができる。
二本足で立つ「猫又」たち
三島や亀山にあたる箇所には、二本足で立ち上がる猫の姿が描かれている。これは尻尾が二又に分かれた妖怪「猫又」を思わせる図像で、単なる駄洒落にとどまらない、遊び心のある演出になっている。
大判三枚続がもたらす壮観
本作は通常の浮世絵1枚分の大判を3枚横に並べた三枚続の構成を取っており、これによって55匹もの猫たちが一望できる、パノラマのような壮観な画面が作り出されている。
実際に見るには
本作は複数の美術館や浮世絵専門の版元によって復刻版が公開されており、実物の摺りも各地の浮世絵コレクションで見ることができる。国芳が手がけた他の猫の戯画とあわせて鑑賞することで、彼がどれほど徹底して猫という主題を愛し、描き続けたかがうかがえる。
FAQ
Q. 《猫飼好五十三疋》とはどんな作品ですか?
東海道五十三次の宿場名を、猫の姿と語呂合わせによって表現した、大判三枚続の戯画である。
Q. 「地口」とはどういう意味ですか?
語呂合わせを用いた言葉遊び、いわゆる駄洒落のことである。
Q. なぜ猫がこれほど多く描かれているのですか?
作者の歌川国芳が大の猫好きとして知られており、猫を主題とした戯画を数多く手がけていたためである。
Q. 広重の東海道五十三次とはどんな関係がありますか?
広重の名所絵としての『東海道五拾三次』を踏まえ、それを猫によって軽妙にパロディ化した作品と考えられている。
Q. 国芳はどんな絵師でしたか?
武者絵で名を上げた幕末の浮世絵師で、同時に大の愛猫家としても知られ、猫を主題とした戯画も数多く残している。
まとめ
《其まま地口 猫飼好五十三疋》は、勇壮な武者絵で名を馳せた国芳が、大好きな猫たちを主役に据えて仕上げた、遊び心あふれる1枚だ。55匹の猫それぞれに込められた地口の謎解きを楽しむうちに、当時の人々が浮世絵にどんな機知とユーモアを求めていたのか、自然と見えてくる。
