ワシントンのナショナル・ギャラリー・オブ・アートに、第一次世界大戦下のベルギーで起きたとされる残虐行為を描いた大画面の油彩画がある。《ドイツ軍の到着(英:The Germans Arrive)》と題されたこの絵は、アメリカの画家ジョージ・ベロウズが1918年に手がけたものだ。だがこの絵が描く出来事を、ベロウズ自身は一度も目にしたことがなかった。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジョージ・ベロウズ(1882〜1925) |
| 制作年 | 1918年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 125.73×201.3cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.) |
反戦派から一転、戦争画へ
ベロウズは、アッシュカン・スクールに連なる都市風俗画家として名を上げ、社会主義的な雑誌『ザ・マッシズ』にも寄稿するなど、もともとはアメリカの参戦に反対する立場だった。しかし彼はやがて考えを変え、アメリカの介入を公然と支持する側に回る。1917年には戦車部隊に志願しているが、実際にヨーロッパの戦地へ赴くことはなかった。
1918年、ベロウズはロードアイランド州ミドルタウンの自宅で約8か月をかけ、20点のリトグラフと30点を超える関連素描、そして5点の油彩画からなる「戦争連作」に取り組んだ。これらはいずれも、1914年のドイツ軍によるベルギー侵攻の際に起きたとされる残虐行為を主題としており、その多くはイギリス政府がまとめた「ブライス報告書」(1915年)に記録された証言をもとにしている。
一度も見ていない出来事を描くということ
ベロウズは実際にこれらの出来事を目撃したわけではなく、あくまで報告書や新聞記事といった伝聞情報をもとに制作した。この点について画家ジョゼフ・ペンネルは、実際に見ていない場面を描く資格などないとベロウズを批判した。これに対しベロウズは、レオナルド・ダ・ヴィンチが「最後の晩餐」を描く際に、その場に居合わせる許可証を持っていたわけではないだろうと切り返したと伝えられている。また同年11月の展覧会に寄せた序文で、ベロウズはこの連作が特定の民族や国民全体を非難する意図はなく、罪は個人に帰するものであって民族に帰するものではないと明記している。
戦後に揺らいだ信憑性
しかし戦争が終わると、この連作の拠り所となったブライス報告書そのものの信憑性が疑問視されるようになる。ドイツ軍による残虐行為の報告の多くは、当時中立を保っていた国々を参戦へと促すための、連合国側による誇張されたプロパガンダだったのではないかという見方が広まった。結果として、ベロウズのこの連作もまた、そうした戦争プロパガンダの一例として扱われることになった。
見どころ

拘束される若者とドイツ兵たち
画面中央には、上半身裸の若者が複数のドイツ兵に取り押さえられている様子が描かれている。周囲を固める兵士たちの装備と表情が、この場の緊迫感を強めている。
燃え上がる家屋を背にした暴力
画面左手では、燃え上がる家屋を背景に、女性が兵士に取り押さえられる場面が描かれている。日常の暮らしの場であったはずの家が炎に包まれている様子が、この場面の破壊の規模を物語っている。
銃を手に居並ぶ兵士たちの群れ
画面右側には、長い銃を手にした兵士たちの一団が並んでいる。彼らの存在が、この暴力が個人の逸脱ではなく、組織立った軍の行動として描かれていることを強調している。
ゴヤの『戦争の惨禍』を思わせる様式
本作の様式には、フランシスコ・デ・ゴヤが版画集『戦争の惨禍』で確立した、極端な暴力を古典的で様式化された構図のなかに収めるという手法からの影響が指摘されている。
実際に見るには
本作はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されている。ベロウズが手がけた戦争連作の他の作品、たとえば労働収容所から病人や障害を負った捕虜たちが運び出される場面を描いた《役立たずの帰還》もあわせて見ることで、この連作全体が抱える複雑な歴史的背景をより深く理解することができる。
FAQ
Q. 《ドイツ軍の到着》はどこで見られますか?
ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されている。
Q. ベロウズはこの出来事を実際に目撃したのですか?
していない。イギリス政府によるブライス報告書などの伝聞情報をもとに制作された。
Q. なぜこの絵の信憑性が後に疑問視されたのですか?
戦後、ブライス報告書に記された残虐行為の報告の多くが、連合国側による誇張されたプロパガンダではないかと見なされるようになったためである。
Q. ベロウズはもともと戦争に賛成していたのですか?
当初は反戦派だったが、後にアメリカの参戦を公然と支持する立場に転じた。
Q. この絵の様式にはどんな影響がありますか?
フランシスコ・デ・ゴヤの『戦争の惨禍』からの影響が指摘されている。
まとめ
《ドイツ軍の到着》は、画家自身が一度も目撃していない出来事を、伝聞の報告書だけを頼りに描き上げた1枚だ。戦後にその拠り所となった報告書の信憑性が揺らいだという経緯こそ、戦争画がどれほど記録と扇動の境目すれすれに立っているかを教えてくれる。
