デンプシーとフィルポとは|ベロウズが記者席から見た伝説の一撃

ニューヨークのホイットニー美術館に、リングの外へ吹き飛ばされるボクサーの姿を描いた迫力ある油彩画がある。《デンプシーとフィルポ(英:Dempsey and Firpo)》と題されたこの絵は、アメリカの画家ジョージ・ベロウズが1923年から1924年にかけて手がけたもので、彼が実際に記者としてリングサイドで目撃した、伝説的な一戦の一瞬を捉えている。

基本情報

項目内容
作者ジョージ・ベロウズ(1882〜1925)
制作年1923〜1924年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ129.5×160.7cm
所蔵ホイットニー美術館(ニューヨーク)

わずか4分足らずの死闘

本作が描いているのは、1923年9月14日、ニューヨークのポロ・グラウンズで行われたヘビー級タイトルマッチの一場面である。アメリカのチャンピオン、ジャック・デンプシーと、アルゼンチンから挑戦したルイス・アンヘル・フィルポの対戦は、両者合わせてわずか4分足らずで決着がついた激しい試合だった。フィルポは9度もダウンを喫し、デンプシーも2度倒れているが、最終的な勝者はデンプシーだった。

勝者ではなく、劇的な瞬間を描く

ベロウズが選んだのは、勝敗の決した瞬間ではなく、フィルポ(紫のショーツ)がデンプシー(白のショーツ)の顎に強烈な一撃を叩き込み、彼をリングの外、観客席へと吹き飛ばしたという、試合中でも最も劇的な瞬間だった。実際にこの試合でフィルポが繰り出したのは右のフックだったとされるが、ベロウズは絵のなかで彼を左手で打ち抜く姿として描いている。デンプシーはこの直後にリングへ這い戻り、最終的に勝利を収めているが、この絵が記録しているのは、その逆転劇の伏線となった衝撃の一瞬だ。

リングサイドにいた画家自身

ベロウズはこの夜、ニューヨーク・イブニング・ジャーナル紙のスポーツ記者としてリングサイドに詰めていた。画面左端に描かれた頭の禿げた人物、あるいはデンプシーの下敷きになりながら彼を押し戻そうとする人物のどちらかが、ベロウズ自身をモデルにしているのではないかと美術史家たちは指摘している。

見どころ

拳を振り抜くフィルポの姿

画面上部には、紫のショーツをまとったフィルポが、体をひねりながら拳を振り抜く姿が描かれている。彼の体が形づくる力強い三角形の構図が、絵全体の緊張感を支える骨格になっている。

ロープの外へ吹き飛ぶデンプシー

画面中央には、白いショーツのデンプシーが、ロープを越えて観客席へと真っ逆さまに吹き飛ばされていく瞬間が描かれている。逆さまになった彼の体の対角線が、フィルポの拳の軌道と鋭く対をなしている。

押し寄せる観客の驚愕の表情

リングを取り囲む観客たちは、目を見開き、口を開けたまま、この衝撃的な光景に反応している。彼らの表情の1つ1つが、その場の熱狂と興奮を生々しく伝えている。

滑らかな曲線と量感のある人体表現

1920年代に入ったベロウズは、師ロバート・ヘンライ譲りの荒々しい筆致から離れ、滑らかな曲線と量感豊かな人体表現へと様式を移行させていた。本作にもその成熟した造形感覚が色濃く表れている。

実際に見るには

本作は1931年の開館以来、ニューヨークのホイットニー美術館に所蔵されている。ベロウズが手がけた他のボクシング絵画とあわせて見ることで、彼がスポーツ記者としての経験を、いかにして絵画表現へと昇華させていったかをたどることができる。

FAQ

Q. 《デンプシーとフィルポ》はどこで見られますか?
ニューヨークのホイットニー美術館に所蔵されている。

Q. この絵はどの試合を描いていますか?
1923年9月14日、ジャック・デンプシーとルイス・アンヘル・フィルポのあいだで行われたヘビー級タイトルマッチである。

Q. なぜ勝者のデンプシーが吹き飛ばされる姿で描かれているのですか?
最終的な勝敗ではなく、試合中で最も劇的だった、フィルポがデンプシーをリング外へ打ち飛ばした瞬間をベロウズが選んで描いたためである。

Q. ベロウズ自身もこの絵に描かれているのですか?
画面左端の禿げた人物、あるいはデンプシーを押し戻す人物のどちらかが、画家自身をモデルにしているのではないかと考えられている。

Q. ベロウズはどんな画家でしたか?
アッシュカン・スクールの流れを汲むアメリカの都市風俗画家で、スポーツ新聞のイラストレーターとしても活動していた。

まとめ

《デンプシーとフィルポ》は、最終的な勝敗ではなく、試合中で最も衝撃的だった一瞬を切り取った1枚だ。リングの外へ吹き飛ばされるデンプシーの姿と、それを見つめる観客たちの表情。記者としてその夜のリングサイドに実際に居合わせたベロウズだからこそ、この熱狂をここまで生々しく捉えられたのだろう。

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