ストックホルムの国立美術館(ナショナルミュージアム)に、白夜に近い夏の宵、村人たちが手を取り合って踊る様子を描いた油彩画がある。《真夏のダンス(瑞:Midsommardans)》と題されたこの絵は、スウェーデンの画家アンデシュ・ゾルンが1897年に手がけたもので、彼自身が実際に体験した故郷の夏至祭の記憶をもとに描かれている。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アンデシュ・ゾルン(1860〜1920) |
| 制作年 | 1897年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 140×98cm |
| 所蔵 | ナショナルミュージアム(ストックホルム) |
故郷ダーラナへの帰還
ゾルンはスウェーデンのダーラナ地方モーラに生まれ、15歳でストックホルムの王立美術アカデミーに入学した。当初は水彩画家として活動し、1880年に発表した《悲しみのなかで》で画壇に認められている。その後アカデミーを中退し、1881年にはパリやスペインへの外遊を経て国際的な名声を築いていった。1896年、彼は故郷モーラへと戻り、以後スウェーデンの田舎の暮らしや民俗文化を主題とした作品を数多く手がけるようになる。本作はまさに、その帰郷の翌年に描かれた1枚だ。
ゾルン自身が語った、制作の記憶
ゾルンは自伝的な記録のなかで、この絵の成り立ちについて詳しく語っている。彼はちょうど村モーカルビーに新しいメイポール(夏至柱)を寄贈したばかりで、この柱は毎年赤く塗り直され、夏至祭の際にはそれを飾り立てる儀式に立ち会うことを自らの厳粛な務めと考えていたという。夏至の夜、真夜中を告げると同時に使用人のヴェルネルがメイポールを立ち上げ、輪舞の曲が奏でられるなか、若者たちが手をつないで柱や庭の周りを延々と踊り続けた。その後も1軒の庭で夜明けまで踊りは続いたという。ゾルンはこの一連の記憶を、そのままこの絵に描き込んだと述べている。
見どころ

中心を外れて立つメイポール
タイトルの由来である夏至祭のシンボル、メイポールは、画面の中心にはあえて描かれていない。ゾルンの関心は、柱そのものではなく、踊りという体験そのもの、夏の夜が放つ香りと光にあった。
手を取り合って踊る男女
画面手前には、腕を組んで踊る男女の姿が大きく描かれている。彼らの民族衣装の赤い帯や白いブラウスが、抑えた色調のなかで鮮やかなアクセントになっている。
抑制された色彩がもたらす夜の光
ゾルンは比較的少ない顔料でありながら、微妙な色調の変化と大気の効果を巧みに描き出している。踊り手たちの衣装や草地、反射する光の表現には、流れるような躍動感のある筆致が生きている。
奥へと連なる踊りの列
画面奥には、家々の前に集う人々の列が続いており、この夏至祭が1組の男女だけの出来事ではなく、村全体を巻き込んだ祝祭であったことを物語っている。
スウェーデンの「国宝」として
本作は1903年、ポントゥスおよびゴティルダ・フュルステンベリ夫妻の支援を受けて、スウェーデン王立美術アカデミーからナショナルミュージアムへ寄贈された。同時期に描かれたもう1つのヴァージョンはモスクワのプーシキン美術館に所蔵されており、さらに1903年にはアメリカの収集家の依頼によるやや小ぶりのレプリカも制作され、こちらは個人蔵となっている。本作は今日、スウェーデンの国民的至宝の1つとされ、国外へ貸し出されることも稀な作品として知られている。
実際に見るには
本作はストックホルムのナショナルミュージアムに所蔵されている。同館ではゾルンの他の代表作ともあわせて鑑賞することができ、彼が故郷ダーラナへの帰還を機にどのように民俗文化への眼差しを深めていったかをたどることができる。
FAQ
Q. 《真夏のダンス》はどこで見られますか?
ストックホルムのナショナルミュージアムに所蔵されている。
Q. この絵はどんな出来事を描いていますか?
ゾルンが故郷の村モーカルビーで実際に体験した、夏至祭の夜の輪舞の光景である。
Q. なぜメイポールが画面の中心にないのですか?
ゾルンの関心が柱そのものよりも、踊りの体験や夏の夜の光と香りにあったためとされている。
Q. 他にもヴァージョンはありますか?
同時期に描かれたもう1点がモスクワのプーシキン美術館に所蔵されており、1903年制作の小型レプリカが個人蔵となっている。
Q. ゾルンはどんな画家でしたか?
水彩画家として出発し、後にスウェーデンの田舎の暮らしと民俗文化を主題とした作品で国際的な名声を得た画家である。
まとめ
《真夏のダンス》は、故郷に戻ったゾルンが、その夏に自分自身が立ち会った祭りの一夜を、記憶のままに写し取った1枚だ。メイポールをあえて主役から外し、踊りそのものの熱と光を選んだ判断にこそ、この画家が故郷に見出した価値の中心がある。
