机に突っ伏して眠る男の背後に、無数のフクロウとコウモリが群がっている。フランシスコ・デ・ゴヤが版画集『ロス・カプリチョス』のために手がけた《理性の眠りは怪物を生む(西:El sueño de la razon produce monstruos)》は、全80点からなるこの連作のなかで最もよく知られた1枚であり、実はもともと別の役割を担うはずだった作品でもある。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828) |
| 制作年 | 1797年頃(準備素描)/1799年刊行 |
| 技法・素材 | エッチング・アクアチント |
| 連作中の位置 | 『ロス・カプリチョス』第43番 |
表紙になるはずだった1枚
ゴヤは1793年から1798年にかけて『ロス・カプリチョス』の制作に取り組み、1799年に自費で出版した。現在マドリードのプラド美術館に残る準備素描には、この図像が本来、連作全体の表紙(タイトルページ)として構想されていたことを示す書き込みが残っている。しかし実際に刊行された版では、この絵は表紙ではなく第43番として組み込まれることになった。それでもなお、この1枚は連作全体の意味を象徴する図像として、今日まで広く受け止められている。
発売直後に撤回された連作
『ロス・カプリチョス』は発売からわずか数日後に、店頭から回収されている。その理由は明らかにされていないが、スペイン異端審問所からの圧力があったのではないかと考えられている。連作には、異端審問の犠牲者を思わせる図像も含まれており、ゴヤがどちらの側に共感を寄せていたかは想像に難くない。
見どころ

突っ伏して眠る画家自身の姿
画面手前には、机に突っ伏して眠る男の姿が描かれている。手にしていたペンは投げ出され、顔は腕に埋もれて見えない。この人物はゴヤ自身の自画像だと広く解釈されている。
眠る男を取り囲むフクロウとコウモリ
男の背後では、フクロウたちが羽ばたきながら群がり、そのうちの1羽は嘲るように木炭挟みを彼に向けて突き出している。さらに奥には、無数のコウモリの群れが黒々とした影となって迫っている。
闇のなかで光る山猫の眼
画面の下方には、山猫を思わせる動物が2匹描かれている。1匹は地面に横たわって男を見上げ、もう1匹は男の背に覆いかぶさるようにして、闇のなかで光る眼をこちらへ向けている。この動物は警戒心の象徴とされ、理性が眠りに落ちたときに立ち上る脅威を、見る者に予感させる役割を担っている。
机に刻まれた1行の言葉
画面手前の机の側面には、「理性の眠りは怪物を生む」という1行が刻まれている。この言葉が、背後で繰り広げられる不穏な光景の意味を、直接的に説明している。
想像力と理性、どちらが欠けても
『ロス・カプリチョス』の現存する版のなかには、各図版の下に手書きの説明文が添えられたものが1部残されており、これがゴヤ自身の考えを反映しているのではないかとも言われている。それによれば、理性を欠いた想像力はありえない怪物を生み出すが、理性と結びついた想像力こそがあらゆる芸術の母であり、驚異の源になるという。つまりこの絵は、単に理性を礼賛し想像力を否定するものではなく、両者がともに欠けてはならないという、より複雑な主張を含んでいる可能性がある。
実際に見るには
本作を含む『ロス・カプリチョス』の版画は、プラド美術館をはじめ、メトロポリタン美術館やフィッツウィリアム美術館など、世界各地の美術館に複数の刷りが所蔵されている。準備段階の素描は現在プラド美術館に所蔵されており、あわせて見ることで、この図像が当初どのような位置づけで構想されていたかをたどることができる。
FAQ
Q. この作品は連作のどこに位置していますか?
『ロス・カプリチョス』全80点のうち第43番にあたる。ただし準備素描は、これが本来は表紙として構想されていたことを示している。
Q. なぜ『ロス・カプリチョス』は発売直後に回収されたのですか?
明確な理由は分かっていないが、スペイン異端審問所からの圧力があったのではないかと考えられている。
Q. 眠っている人物は誰ですか?
ゴヤ自身の自画像だと広く解釈されている。
Q. この絵は理性と想像力のどちらを支持しているのですか?
一部の版に残る手書きの注釈によれば、理性を欠いた想像力は怪物を生むが、両者が結びついてこそ優れた芸術が生まれるという、両者の均衡を説く内容だとされている。
Q. 山猫やフクロウにはどんな意味がありますか?
山猫は警戒心の象徴とされ、フクロウやコウモリは理性が眠ったときに立ち現れる脅威を表しているとされる。
まとめ
《理性の眠りは怪物を生む》は、もともと連作全体の表紙として構想されながら、結果として第43番に落ち着いた1枚でありながら、今なお『ロス・カプリチョス』全体を象徴する図像であり続けている。突っ伏して眠る画家自身の姿を取り囲むフクロウと山猫。理性と想像力、そのどちらが欠けても怪物は生まれる。ゴヤはそう言いたかったのかもしれない。
