《即興6(アフリカ風)(独:Improvisation 6 “Afrikanisches”)》は、ロシア出身の画家ヴァシリー・カンディンスキーが1909年に手がけた油彩画で、現在はミュンヘンのレンバッハハウス美術館に所蔵されている。鮮やかな色彩の対比と、輪郭がほどけていくような人物表現を特徴とするこの絵は、彼が後に生み出す完全な抽象絵画への過渡期を示す重要な1点だ。今回はこの絵に込められた「アフリカ」という副題の意味と、青騎士(デア・ブラウエ・ライター)の芸術家たちが異文化から何を学ぼうとしていたのかについて見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ヴァシリー・カンディンスキー(1866〜1944) |
| 制作年 | 1909年 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約107×95.5cm |
| 所蔵 | レンバッハハウス美術館(ミュンヘン) |
| 収蔵経緯 | 1957年、ガブリエーレ・ミュンター財団より寄贈 |
一言でいうと
くっきりとした輪郭線と、そこからはみ出すように塗られた鮮烈な色彩。物語よりも色そのものの感情的な力を追い求めたこの絵は、カンディンスキーが具象から抽象へと踏み出していく、まさにその途上を捉えている。
制作背景
「即興」という連作の一枚
カンディンスキーは1909年ごろから「即興(インプロヴィザツィオーン)」と題する連作を手がけ始めた。これは彼が「印象(インプレッシオーン)」「即興」「構成(コンポジツィオーン)」という3つのカテゴリーに分類していた作品群のうちの一つで、「即興」は主に無意識的、内面的な性格の突発的な表現を指すものとされていた。この絵はその連作の6番目にあたる。
「他者」の文化への視線
カンディンスキーが中心となって結成した芸術家グループ「青騎士」は、それまで西洋美術にとって馴染みの薄かった「他者」の文化のなかにインスピレーションの源泉を求めていた。彼らは西洋の伝統から離れた場所で生まれた作品のなかに、自分たちが目指す刷新と革新の理念にふさわしい、飾り気のない力強い視覚言語が実現されていると信じていた。
チュニジア旅行という体験
カンディンスキーとガブリエーレ・ミュンターにとって、ロシアやバイエルンの民俗芸術とともに重要な着想源となったのが、1904年に2人で行ったチュニジア旅行だった。この副題「アフリカ風」も、こうした異文化への関心の延長線上に位置づけられる。同じ時期、フランツ・マルクとアウグスト・マッケも一時的に日本美術の様式的要素を取り入れていたことが知られている。
ガブリエーレ・ミュンター財団からの寄贈
この絵は1957年、カンディンスキーの伴侶であった画家ガブリエーレ・ミュンターの財団からレンバッハハウス美術館へ寄贈された。ミュンターは、カンディンスキーが1914年にドイツを離れる際に残していった多くの作品を、ナチス時代の困難ものり越えて守り抜いた人物として知られており、この絵もそうして今日まで伝えられた1点だ。
見どころ

白い衣をまとう左の人物
画面左には、白い衣に緑の頭巾をかぶった人物が描かれている。単純化された輪郭線と、あえて塗り残された余白のような白い衣の表現が、他の色彩豊かな部分との対比を生み出している。
黄色い光背をまとう右の人物
画面右には、黄色い光輪のようなものを頭部にまとった人物が描かれている。青、赤、黄色が入り混じる衣装の色彩は、写実的な陰影表現から解き放たれ、感情そのものを色で表現しようとする試みの表れだ。
輪郭を超えてあふれ出す色
この絵の特徴的な点は、輪郭線の内側にきれいに色が収まっていない箇所が随所に見られることだ。この「はみ出し」こそが、カンディンスキーが具象的な形態の拘束から徐々に自由になっていく過程を物語っている。
背景に広がる抽象化された風景
画面上部には、山や大地を思わせる黄色、青、緑の面が、具体的な形を持たないまま広がっている。この曖昧な風景表現もまた、彼が数年後に到達する完全な抽象絵画への布石となっている。
実際に見るには
本作はミュンヘンのレンバッハハウス美術館に所蔵されており、同館が誇る青騎士コレクションの中心的な作品の一つとなっている。同館にはフランツ・マルクやアウグスト・マッケなど、同じグループに属した画家たちの作品も数多く収蔵されており、あわせて鑑賞することで、当時の芸術家たちが共有していた「異文化からの学び」という関心の広がりを知ることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「アフリカの風景や人物を写実的に描いた作品」として誤解されがちだが、実際には特定の地域や民族を忠実に描写したものではなく、西洋の伝統的な絵画言語から離れた表現を模索する過程で、副題として「アフリカ風」という言葉が添えられたに過ぎない。単なる異国趣味の記録としてではなく、抽象絵画への道を切り開こうとした実験の記録として見ることで、この絵の本来の意義がより見えてくる。
FAQ
Q. 《即興6(アフリカ風)》はどこで見られますか?
ミュンヘンのレンバッハハウス美術館に所蔵されている。
Q. なぜ「アフリカ風」という副題がついているのですか?
西洋の伝統から離れた異文化の視覚言語に、カンディンスキーが強い関心を寄せていたことに由来すると考えられている。
Q. 「即興」というカテゴリーはどんな意味ですか?
カンディンスキーが分類していた3つの作品カテゴリーの一つで、無意識的・内面的な突発的表現を指すものとされている。
Q. この絵はいつレンバッハハウス美術館の所蔵になったのですか?
1957年、ガブリエーレ・ミュンター財団からの寄贈によって同館の所蔵品となった。
Q. カンディンスキーとチュニジアにはどんな関係がありますか?
1904年にガブリエーレ・ミュンターとともにチュニジアを旅行しており、この経験が彼の異文化への関心の重要な源泉になったとされている。
まとめ
《即興6(アフリカ風)》は、西洋の伝統的な絵画言語から離れ、色彩そのものが持つ感情的な力を追求しようとしたカンディンスキーの実験の記録だ。輪郭からあふれ出す鮮烈な色彩のなかに、彼がのちに到達する完全な抽象絵画への確かな歩みが刻まれている。
