《バテシバの水浴(英:Bathsheba at Her Bath)》は、ヴェネツィア派の画家セバスティアーノ・リッチが1720年ごろに手がけた油彩画で、現在はブダペスト美術館に所蔵されている。旧約聖書「サムエル記下」に語られる、イスラエル王ダビデがバテシバの水浴を垣間見て恋に落ちるという物語を主題にしたこの絵は、リッチが同じテーマで2度手がけた作品のうちの最初のものだ。今回はこの絵に描かれた物語の背景と、当時の画家たちがこの主題をどう扱ってきたかについて見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | セバスティアーノ・リッチ(1659〜1734) |
| 制作年 | 1720年ごろ |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 約118.5×199cm |
| 所蔵 | ブダペスト美術館(ハンガリー) |
| 主題 | 「サムエル記下」11章に基づくダビデとバテシバの物語 |
一言でいうと
侍女たちにかしずかれながら鏡に見とれるバテシバと、その姿を宮殿の屋上からひそかに見つめるダビデ王。この構図の選び方一つで、絵は王の過ちをやんわりと弁明する装置にもなってしまう。
制作背景
ヒッタイト人ウリヤの妻をめぐる物語
この絵の主題は「サムエル記下」11章に記された物語に基づいている。ヒッタイト人ウリヤの妻であったバテシバが水浴をする姿を、イスラエル王ダビデが宮殿の屋上から目撃し、彼女に強く魅了されてしまう。その後ダビデは彼女を自らの部屋へ招く手紙を送り、彼女を身ごもらせることになる。この物語は当時の画家たちのあいだで人気の高い主題であり、リッチもこの伝統に連なる1枚を手がけている。
バテシバをやや虚栄的に描くという伝統
多くの画家がそうしていたように、リッチもまたバテシバをどこか虚栄的で奔放な人物として描いている。この描き方によって、後にダビデが取ることになる不道徳な行動が、いくぶんか正当化されるような効果を生み出しているとされる。バテシバが鏡を覗き込む仕草は、まさにこの虚栄心を象徴する場面として描き込まれている。
柱とバルコニーが作る舞台装置
この絵の背景は、他のリッチの作品と同様、柱とバルコニーによって構成されており、画面全体は影をほとんど作らない均一な光で照らされている。この演出によって、地上の場面が屋外劇場のような開放的な雰囲気を帯びている。
のちに描き直された王の姿
リッチはのちにこの主題をもう一度描き直しており、その後年の作品では、ダビデ王自身の姿の代わりに、彼の使者の姿が描かれるという変更が加えられている。同じ物語をどう演出するかという点で、リッチ自身がこの主題に複数のアプローチを試みていたことがうかがえる。
見どころ

鏡に見入るバテシバ
画面中央、裸の上半身をあらわにしたバテシバは、侍女が掲げる鏡に自らの姿を映している。この虚栄的な仕草が、彼女の人物像に道徳的な陰影を添えている。
王冠をかぶるダビデの遠景
画面奥の宮殿には、王冠をかぶったダビデの姿が小さく描かれ、バルコニーからバテシバの水浴を見下ろしている。この遠近の対比によって、まだ起こっていない出会いの予兆が、静かに画面に織り込まれている。
かしずく4人の侍女たち
バテシバの周囲には4人の侍女が配され、それぞれ足を拭う者、鏡を掲げる者、飲み物を運ぶ者といった役割を分担している。この賑やかな取り巻きの存在が、バテシバの高い身分と裕福な暮らしぶりを物語っている。
均一な光に満ちた画面
画面全体は影の少ない均質な光で覆われており、柱廊建築とあいまって、劇場の舞台のような明るさと開放感を演出している。ヴェネツィア派らしい色彩の豊かさが、この光の扱いによって存分に引き立てられている。
実際に見るには
本作はブダペスト美術館に所蔵されている。同じ主題を扱ったリッチの後年の作品や、ヴェロネーゼやワイルキーによる同主題の絵画とあわせて見ることで、この物語が時代や画家によってどのように異なる演出を与えられてきたかをたどることができる。
よくある誤解
この絵はしばしば「単なる官能的な水浴の場面」として鑑賞されがちだが、実際にはバテシバをやや虚栄的に描くことで、後のダビデの不道徳な行動をやんわりと正当化するという、当時の絵画伝統に特有の道徳的な仕掛けが込められている。単なる裸体表現としてではなく、聖書の物語をどう解釈し、誰の視点で語るかという当時の画家たちの姿勢を映す1枚として見ることで、この絵の意味がより深く見えてくる。
FAQ
Q. 《バテシバの水浴》はどこで見られますか?
ブダペスト美術館に所蔵されている。
Q. この絵はどんな聖書の物語を描いていますか?
イスラエル王ダビデが、ヒッタイト人ウリヤの妻バテシバの水浴を見て心を奪われるという「サムエル記下」の物語を描いている。
Q. なぜバテシバは虚栄的に描かれているのですか?
当時の絵画の伝統に従い、後のダビデの行動をいくぶんか正当化する効果を狙って、彼女を虚栄的な人物として描いているためである。
Q. リッチは同じ主題を他にも描いていますか?
はい。後年に描き直した作品では、ダビデ王自身の代わりに使者の姿が描かれている。
Q. この絵はいつごろ制作されましたか?
1720年ごろに制作された。
まとめ
《バテシバの水浴》は、聖書の一場面を借りながら、王の過ちをやんわりと弁明するという当時の絵画伝統を体現した1枚だ。鏡に見入るバテシバの虚栄的な仕草と、遠くから見つめるダビデの視線が、この道徳的な構図の裏の意図を映し出している。
