《磔刑(伊:Crocifissione、英:Crucifixion)》は、初期ルネサンスの画家アンドレア・マンテーニャが1450年代後半に手がけたテンペラ画で、現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。もともとはヴェローナのサン・ゼーノ教会の祭壇画の一部として描かれたこの絵は、フランスによる接収という数奇な経緯を経て、今もイタリアに戻ることなくパリにあり続けています。今回はこの絵がもともとどのような文脈で描かれたのか、そして画面に張り巡らされた遠近法の仕掛けについて見ていきます。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | アンドレア・マンテーニャ(1431頃〜1506) |
| 制作年 | 1457〜59年ごろ |
| 技法・素材 | テンペラ・板 |
| サイズ | 約67×93cm |
| 所蔵 | ルーヴル美術館(パリ) |
| 依頼主 | 修道院長グレゴリオ・コレール |
一言でいうと
三本の十字架を画面の奥へと収斂させていく大胆な遠近法によって、宗教画でありながら建築図面のような緊張感を持つ一枚に仕上げてしまった、それがマンテーニャの《磔刑》です。
制作背景
サン・ゼーノ祭壇画の一部として
この絵は、ヴェローナのサン・ゼーノ教会の主祭壇画のために、修道院長グレゴリオ・コレールの依頼を受けてマンテーニャが制作したプレデッラ(祭壇画下部の小画面)の中央パネルです。祭壇画本体には玉座の聖母子と8人の聖人が描かれており、プレデッラにはこの《磔刑》のほかに《オリーブ山の祈り》と《復活》の2枚が並んでいました。3枚のうち中央に据えられたのがこの《磔刑》です。
フランス軍による接収
1797年、ナポレオン率いるフランス軍がイタリアを占領した際、祭壇画本体とプレデッラの3枚はすべてパリへ運ばれ、ルーヴル美術館(当時のナポレオン美術館)で展示されました。1815年、ナポレオン失脚後の返還交渉によって祭壇画本体はヴェローナに戻されましたが、プレデッラの3枚だけはフランスに残されることになりました。《磔刑》はルーヴルに、《オリーブ山の祈り》と《復活》はトゥールの美術館に、それぞれ現在まで留め置かれています。
ヴェローナに残る複製
そのため、現在サン・ゼーノ教会を訪れても、プレデッラの部分に見られるのは複製画です。オリジナルを見るには、パリとトゥールという2つの都市に分かれて足を運ぶ必要があるという、少々ややこしい状況になっています。
見どころ

消失点へ収斂する構図
画面中央には十字架にかけられたキリストが配され、左右の十字架はわずかに内側へ傾けて描かれています。この傾きによって生まれる斜めの線は、キリストの足元あたりに視線を集める消失点を作り出しており、地面に描かれたひび割れの線までもがこの斜めの構図に加担しています。宗教画でありながら、まるで建築図のような精緻な奥行き表現がこの絵の際立った特徴です。
悲しみに沈む聖母とマリアたち
画面左手前には、気を失いかけた聖母マリアを取り囲む女性たちの姿が描かれています。青や黒の衣をまとった人物たちが折り重なるように寄り添う様子は、遠近法によるドライな空間表現とは対照的に、生々しい感情の起伏を伝えてきます。
くじを引く兵士たち
画面右手前では、キリストの衣服を巡ってくじを引く兵士たちの姿が描かれています。宗教的な悲劇の傍らで淡々と行われるこの行為は、聖書の記述に基づいた場面ですが、遠くに見える処刑の光景と対比されることで、かえって出来事の非情さを浮き彫りにしています。
遠景に広がる岩山と隊列
背景には切り立った岩山と、丘を下っていく人々の隊列が細かく描き込まれています。マンテーニャが得意とした古代ローマの遺跡研究の成果を思わせる岩肌の質感表現は、宗教的な主題のなかにも彼独自の考古学的な関心をにじませています。
実際に見るには
本作はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。同じプレデッラに属していた《オリーブ山の祈り》と《復活》はフランス・トゥールの美術館に、そして祭壇画本体はヴェローナのサン・ゼーノ教会に、それぞれ現在も分かれたまま展示されています。3つの都市を訪ねることで、ようやく一つの祭壇画としての全体像がつかめるという珍しい作品です。
よくある誤解
この絵は「ルーヴル所蔵のマンテーニャの代表作」として単独で紹介されることが多いのですが、本来は一つの祭壇画の一部として構想された作品です。単体の宗教画としてではなく、サン・ゼーノ祭壇画全体の文脈のなかで見ることで、この絵が担っていた本来の役割が見えてきます。
FAQ
Q. 《磔刑》はどこで見られますか?
パリのルーヴル美術館に所蔵されています。
Q. なぜヴェローナの教会にオリジナルがないのですか?
1797年にフランス軍によって接収され、1815年の返還交渉でも祭壇画本体だけが戻され、プレデッラの3枚はフランスに残されたためです。
Q. 他の2枚のプレデッラはどこにありますか?
《オリーブ山の祈り》と《復活》は、フランス・トゥールの美術館に所蔵されています。
Q. この絵の遠近法にはどんな特徴がありますか?
左右の十字架をわずかに内側へ傾けることで、キリストの足元に消失点を作り出す構図になっています。
Q. 誰の依頼で描かれたのですか?
ヴェローナのサン・ゼーノ教会の修道院長、グレゴリオ・コレールの依頼によるものです。
まとめ
《磔刑》は、宗教画としての悲劇性と、マンテーニャならではの緻密な遠近法が同居する一枚です。祭壇画からもぎ取られ、今もイタリアに戻ることなくパリに留まり続けているという来歴自体も、この絵を見るうえで欠かせない背景といえるでしょう。
