《キリストの哀悼》とは|ジョットが絵に感情を吹き込んだ瞬間

パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂の壁に描かれたこのフレスコ画を前にすると、700年以上前の絵とは思えない生々しさに驚かされます。十字架から降ろされたキリストの亡骸を囲み、マリアをはじめとする人々が悲しみに沈む場面――ジョット・ディ・ボンドーネが1303年から1305年ごろに手がけた《キリストの哀悼》は、それまでの平面的で様式化された宗教画とはまったく異なる、感情そのものを描き出した作品として、西洋美術史の転換点になったといわれています。

目次

基本情報

項目内容
作者ジョット・ディ・ボンドーネ(1267年ごろ〜1337)
制作年1303〜1305年ごろ
技法フレスコ
サイズ約200×185cm
所蔵スクロヴェーニ礼拝堂(パドヴァ、イタリア)

一言でいうと

亡くなったキリストを取り囲む人々の悲しみを、様式や約束事ではなく一人ひとりの表情や身振りとして描き分けたことで、絵画にリアルな感情という新しい次元を切り開いた一枚です。

なぜこの礼拝堂が建てられたのか

礼拝堂の依頼主はエンリコ・スクロヴェーニという人物で、その父は高利貸しによって財を成した人でした。当時のキリスト教社会では、行き過ぎた利子を取ることは重大な罪と見なされており、後年ダンテが『神曲』地獄篇のなかでこの父親を地獄に落としたことでも知られています。エンリコはこの罪を償うため、そして一族の霊廟として、古代ローマの円形闘技場の跡地に礼拝堂を建てました。「アレーナ礼拝堂」という別名も、この土地の由来にちなんでいます。

感情を描いた画家

礼拝堂の内部を埋め尽くすジョットの壁画群は、聖母マリアとキリストの生涯を主題としています。それまでのビザンティン様式やゴシック様式の宗教画が、人物を平面的で類型化された姿として描いてきたのに対し、ジョットは一人ひとりの人物に固有の感情を与えました。この試みが西洋美術における写実表現の出発点となり、のちのルネサンス絵画全体に大きな影響を及ぼしたと評価されています。

見どころ

悲しみに沈む群像

キリストの亡骸を中心に、マリアが顔を寄せて頭を抱え、マグダラのマリアがその足元に付き添う様子が描かれています。周囲の人々もそれぞれ異なる姿勢で悲嘆に暮れており、画面手前には背を向けた2人の人物が配置され、まるでその場に居合わせているかのような親密さを生み出しています。

斜めに走る岩肌の線

画面には斜めに走る岩場の稜線が描かれ、視線を自然と中心の場面へと導いています。右手に描かれた葉のない裸の木は、死や不毛を暗示する象徴として配置されていると考えられています。

空を舞う10人の天使たち

画面上部には10人の天使が飛び交い、それぞれが身をよじり、顔を覆い、あるいは叫ぶようにして、めいめい異なる形で悲嘆を表しています。同じ悲しみという感情を、これほど多様な身振りで描き分けた点は、当時としてはきわめて先駆的な試みでした。

実際に見るには

スクロヴェーニ礼拝堂はイタリア・パドヴァにあり、2021年には「パドヴァの14世紀フレスコ作品群」の一部として世界遺産にも登録されています。堂内には本作のほかにも、聖母マリアの生涯を描いた連作や、正面壁の《最後の審判》など見どころが数多くあり、限られた人数ずつ時間を区切って入場する仕組みが取られているほど人気の高い場所です。

よくある誤解

本作はしばしば「よくある宗教画の一場面」として通り過ぎられがちですが、実際には人物の感情表現という点で、それ以前の絵画とは一線を画す革新性を持っています。様式化された悲しみの記号ではなく、一人ひとりが異なる形で嘆き悲しむ姿を描いたという点にこそ、本作が美術史上の転換点とされる理由があります。

FAQ

Q. この絵はどこにありますか?
イタリア・パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂に、フレスコ画として壁に直接描かれています。

Q. なぜこの礼拝堂は建てられたのですか?
依頼主エンリコ・スクロヴェーニの父が高利貸しで財を成しており、その罪を償うため、また一族の霊廟として建てられました。

Q. 空に描かれた天使たちには何の意味がありますか?
それぞれが異なる姿勢で悲嘆を表現しており、画面全体の感情の高まりを増幅させる役割を担っています。

Q. ジョットはなぜ「絵画の祖」と呼ばれるのですか?
それまでの様式的な宗教画とは異なり、人物に固有の感情表現を与えたことで、のちのルネサンス絵画の写実表現の礎を築いたためです。

Q. 木が枯れているのはなぜですか?
死や不毛を暗示する象徴として、意図的に葉のない姿で描かれていると考えられています。

まとめ

《キリストの哀悼》は、悲しみという誰もが経験する感情を、一人ひとり異なる姿で描き分けることに挑んだ作品です。マリアの嘆き、マグダラのマリアの献身、そして空を舞う天使たちの様々な悲嘆の形――そのどれもが、様式を超えて人間そのものを描こうとしたジョットの意志を物語っています。

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