黒い馬に横座りで乗った、髪を振り乱した女が、剣と燻る松明を手に、屍の散らばる荒野を駆け抜けていきます。烏たちがちぎれた手足に群がっています。《戦争、あるいは不和の騎行》(1894年)は、フランスの素朴派の画家アンリ・ルソーによる油彩画で、パリのオルセー美術館が所蔵しています。ルソーが手がけた作品の中でも際立って暴力的なこの一枚は、当時すでに写真によって「あり得ない」と証明されていた馬の走法を、あえて採用して描かれています。
基本情報
作者:アンリ・ルソー(1844〜1910)
制作年:1894年
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約114×195cm
所蔵:オルセー美術館(パリ、1946年購入)
発表:1894年、アンデパンダン展
別名:《不和の騎行》
一言でいうと
《戦争》は、戦争そのものを擬人化した白い衣の女が、剣と松明を手に、黒い馬にまたがって荒れ果てた戦場を駆け抜ける姿を描いた作品です。彼女が通り過ぎた後には、無数の死体と、それをついばむ烏の群れだけが残されています。ルソー自身がアンデパンダン展のカタログに記した説明文には、「戦争、それは恐ろしく通り過ぎ、いたるところに絶望と涙と廃墟を残していく」とあります。
制作背景
ルソーはかつて短期間フランス陸軍の歩兵連隊に籍を置いていましたが、実戦を経験したことはありませんでした。しかし1870年から71年にかけての普仏戦争とパリ包囲戦の際、彼は路上に並べられた遺体を目の当たりにしており、この経験が彼を平和主義者へと変えたと伝えられています。四肢を失った人々の姿は、1890年代になってもパリの街角でなお見受けられるものでした。
この絵の構図には、複数の先行作からの影響が指摘されています。馬の姿勢――今にも飛び上がるかのような「フライング・ギャロップ」――は、テオドール・ジェリコーの《エプソムのダービー》(1821年、ルーヴル美術館)の馬とまったく同じ姿勢を踏襲しています。しかしこの姿勢は、当時すでにエドワード・マイブリッジの連続写真によって、実際の馬の疾走では起こり得ないことが科学的に証明されていました。それでもルソーは、視覚的な説得力を優先し、この「あり得ない」構図をそのまま採用しています。また、横たわる遺体の配置や色調、画面中央に据えられた擬人化された存在という点では、1891年にパリのサロン・デ・ザルティスト・フランセで大きな話題となったフェルディナント・ホドラーの《夜》からも着想を得た可能性が指摘されています。
見どころ

現実には存在しない疾走の姿勢
馬は四本の脚をすべて宙に浮かせた姿で描かれていますが、これは実際の馬の走法としては起こり得ない構図です。それでもこの誇張された躍動感が、戦争という抽象的な概念に、圧倒的な速さと不可避性を与えています。
黙示録の四騎士への言及
この馬は、『ヨハネの黙示録』に登場する終末の四騎士が乗る馬の一頭になぞらえられることがあります。戦争を擬人化した女性が、こうした終末論的な存在と重ね合わされることで、この絵は単なる一場面の描写を超えた、より大きな寓意を帯びています。
色を失った戦場
倒れた人々の肌は、背景にたなびく煙がかった雲と同じオレンジ色に染まっており、まるで木の枝が断ち切られたかのような姿で描かれています。荒々しい黒の要素――伸びた馬のたてがみや、女自身の毛皮のような髪――は、犠牲者たちの髪や、彼らの体をついばむ烏の羽にも繰り返し現れています。
評価と受容
1894年のアンデパンダン展でこの絵が発表されると、その率直すぎる表現に対して嘲笑を向ける声もあれば、完全に独自の様式を確立した点を称賛する声もありました。画家ルイ・ロワは『メルキュール・ド・フランス』誌に、「この絵は、これまでに見たことのないものを呼び起こすがゆえに、奇妙に映るかもしれない。しかしそれ自体が、卓越した資質の証ではないだろうか。ルソーは今日、完全に自分自身の様式を持つという稀有な功績を有しており、新しい芸術へと向かっている」と評しています。今日この絵は、人間が同じ人間を殺し合うことの恐怖を描いた、時代を超えて説得力を持つ絵画的声明として、しばしばピカソの《ゲルニカ》とも比較されています。
よくある誤解
誤解①「馬の疾走の姿勢は当時、正確な観察に基づいていた」→ 実際は写真によってすでに誤りだと証明されていた
写実的な描写だと思われがちですが、実際にはマイブリッジの連続写真によって、四本脚がすべて宙に浮くこの走法は実際には起こらないことがすでに知られており、ルソーはそれを承知の上で視覚効果を優先しています。
誤解②「ルソーはこの絵を実際の戦場体験に基づいて描いた」→ 実際は実戦経験がなく、戦後の光景から着想を得ている
軍歴があることから実際の戦闘を目撃したと思われがちですが、実際にはルソーは戦闘に参加した経験がなく、普仏戦争後のパリで目にした遺体や負傷者たちの光景が、この絵の背景にあると考えられています。
FAQ
Q. 《戦争》とはどんな作品ですか?
A. ルソーが1894年に手がけた油彩画で、戦争を擬人化した女性が黒い馬にまたがり、屍の散らばる戦場を駆け抜ける姿を描いています。オルセー美術館が所蔵しています。
Q. なぜ馬はあり得ない姿勢で描かれているのですか?
A. ジェリコーの《エプソムのダービー》に倣った「フライング・ギャロップ」という構図を採用しているためで、当時すでに写真によって実際にはあり得ない走法だと分かっていましたが、視覚的な迫力を優先して描かれています。
Q. この絵は発表当初どう評価されたのですか?
A. 反応は分かれており、大げさすぎると嘲笑する声がある一方、完全に独自の様式を確立していると称賛する批評も寄せられていました。
Q. 《戦争》はどこで見られますか?
A. フランス・パリのオルセー美術館が所蔵しています。
まとめ
写真がすでに「あり得ない」と証明していた馬の走法を、ルソーはそれでも選び取りました。事実に忠実であることよりも、見る者の胸に迫る恐怖を優先したその判断こそ、130年以上を経た今もこの絵が色褪せない理由なのかもしれません。
