《戦争の神格化》とは|「征服者たちに捧ぐ」という皮肉な献辞に込められた反戦の叫びを追う

乾いた大地の上に、無数の頭蓋骨が積み重ねられ、一つの山をなしています。その周りを烏の群れが旋回し、遠くには廃墟となった城壁がかすんで見えます。《戦争の神格化》(1871年)は、ロシアの従軍画家ワシリー・ヴェレシチャーギンによる油彩画で、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。当初は特定の征服者の物語として構想されながら、完成した時にはあらゆる時代の戦争そのものを告発する、普遍的な一枚へと変貌していました。

目次

基本情報

作者:ワシリー・ヴェレシチャーギン(1842〜1904)
制作年:1871年
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約127×197cm
所蔵:トレチャコフ美術館(モスクワ)
連作:トルキスタン連作の一部
額の銘文:「戦争の神格化」「過去・現在・未来のあらゆる偉大な征服者に捧ぐ」

一言でいうと

《戦争の神格化》は、中央アジアの廃墟となった都市の外に積み上げられた、無数の人間の頭蓋骨の山を描いた作品です。額縁に刻まれた「あらゆる偉大な征服者に捧ぐ」という献辞は、額面通りの賛辞ではなく、征服という行為の行き着く先を暴き出す、痛烈な皮肉として書かれています。

制作背景

ヴェレシチャーギンはロシア帝国軍に従軍画家として同行し、1867年から68年にかけての中央アジア征服作戦の現場で、虐殺や破壊の光景を実際に目の当たりにしました。この絵はそうした体験をもとに手がけられた、彼の「トルキスタン連作」の一部です。

制作当初、ヴェレシチャーギンはこの絵を「ティムール(タメルラン)の勝利」という題で構想していました。14世紀に中央アジアを征服し、サマルカンドを都とする強大な国家を築いたティムールは、征服した土地で敵の頭蓋骨による塚を築かせたことで知られています。しかし絵が完成した時、ヴェレシチャーギン自身が、自分が生み出したのは特定の人物や時代を超えた、より普遍的な反戦のイメージだったことに気づいたと伝えられています。

見どころ

積み上げられた頭蓋骨の山

画面の中心には、無数の頭蓋骨が山のように積み重ねられています。この密集した頭蓋骨の描写は、単なる象徴ではなく、実際に中央アジアの征服の過程で目撃された光景をもとにしたものであり、その生々しさが見る者に強い衝撃を与えます。

旋回する烏の群れ

空には多くの烏が旋回し、一部は頭蓋骨の山にとまっています。枯れ果てた木々には烏の巣らしきものも見られ、この不吉な鳥たちの存在が、荒涼とした光景に一層の陰惨さを添えています。

皮肉に満ちた献辞

額縁の上部には「戦争の神格化」、下部には「過去・現在・未来のあらゆる偉大な征服者に捧ぐ」という文字が刻まれています。ヴェレシチャーギンは自作にしばしば皮肉めいた題名や献辞を添えることで知られており、この献辞もまた、征服者たちを称えるものではなく、彼らがもたらす結末を暴き出す痛烈な批判として書かれています。

評価と受容

ヴェレシチャーギンはこの絵を含む一連の作品によって、戦争を美化することなく描き続けた画家として知られています。1874年、サンクトペテルブルクでの展示の際には、この絵と、見捨てられて死んでいく兵士を描いた《取り残された兵士》の2点が、ロシア軍を悪く描いているという理由で展示を拒否されています。トレチャコフ美術館自身の解説によれば、ヴェレシチャーギンはその後の生涯と画業のすべてを、あらゆる戦争への抗議に捧げたとされています。

この絵は今日でも強い現実的な意味を持ち続けています。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻からわずか4日後、トレチャコフ美術館は自らの公式インスタグラムにこの絵の写真を投稿しました。同じ年の3月には、シベリアのトムスクで大工として働く一人の男性が、この絵の複製を掲げて反戦デモに参加した廉で拘束される事件も起きています。

よくある誤解

誤解①「この絵は特定の征服者ティムールの物語を描いている」→ 実際は普遍的な反戦のイメージとして完成している
題名の由来から、ティムールという特定の人物の物語だと思われがちですが、実際にはヴェレシチャーギン自身が、完成した絵は特定の時代や人物を超えた、あらゆる戦争への告発になっていることに気づき、より普遍的な作品として提示しています。

誤解②「額縁の献辞は征服者たちへの称賛である」→ 実際は痛烈な皮肉として書かれている
「捧ぐ」という言葉から純粋な賛辞のように読めますが、実際にはこの献辞は、征服という行為がもたらす結末を暴き出すための、意図的な皮肉として書かれたものです。

FAQ

Q. 《戦争の神格化》とはどんな作品ですか?
A. ヴェレシチャーギンが1871年に手がけた油彩画で、中央アジアの荒野に積み上げられた頭蓋骨の山を描いています。トレチャコフ美術館が所蔵しています。

Q. なぜこの絵にはこのような献辞が添えられているのですか?
A. 「あらゆる偉大な征服者に捧ぐ」という言葉は、征服者たちへの称賛ではなく、彼らがもたらす戦争の悲惨な結末を暴き出すための、痛烈な皮肉として書かれています。

Q. この絵は当時どのように受け止められましたか?
A. 1874年のサンクトペテルブルクでの展示では、ロシア軍を悪く描いているとして展示を拒否されるなど、当局から警戒の目を向けられていました。

Q. 《戦争の神格化》はどこで見られますか?
A. ロシア・モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。

まとめ

一つの征服者の物語として描き始められたはずの絵が、完成した瞬間にあらゆる時代の戦争を告発する普遍的な作品へと姿を変えました。150年以上を経た今も、この絵が反戦デモの現場で掲げられ、時にはそれだけで拘束の理由になってしまうという事実こそ、ヴェレシチャーギンが積み上げた頭蓋骨の山が、今なお色あせていないことの何よりの証でしょう。

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