《ひまわりを描くゴッホ》(1888年)は、ポール・ゴーギャンによる油彩画で、アムステルダムのゴッホ美術館が所蔵する作品です。アルルの「黄色い家」で共同生活を送っていたゴッホの姿を描いたこの肖像画を見て、ゴッホ本人は「確かに私だが、狂ってしまった私だ」と評しました。数日後、あの有名な自らの耳を切り落とす事件が起こります。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ポール・ゴーギャン(1848〜1903) |
| 制作年 | 1888年12月 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス(粗い麻布) |
| 所蔵 | ゴッホ美術館(アムステルダム) |
| 舞台 | フランス・アルル、「黄色い家」 |
一言でいうと
《ひまわりを描くゴッホ》は、共同生活の緊張が高まる中で描かれた友人の肖像画でありながら、モデル自身に「狂人」と評され、その数日後にはあの耳切り事件へとつながっていく、二人の破局を予感させる作品である。
制作背景
ゴッホは「南の画家たちのアトリエ」という理想の芸術家共同体を夢見て、繰り返しゴーギャンをアルルに招いていました。1888年10月、ようやく実現したこの共同生活でしたが、まもなく二人の間には数々の諍いが生じます。この肖像画が描かれたのは、まさにその破局の直前でした。完成からわずか数日後、二人は口論となり、ゴッホがゴーギャンにアブサンの入ったグラスを投げつける事件が起こります。そして12月23日、ゴッホは自らの左耳を切り落とすという、有名な事件を起こしました。
見どころ

構図
ゴーギャンは、椅子に沈み込むように座り、目を半ば閉じたゴッホを、やや上から見下ろす視点で描いています。この絵は冬に完成しましたが、描かれているのは夏のひまわりの場面であり、ゴーギャンが記憶を頼りに構想を練り、後から観察した細部を加えていったと考えられています。
技法
X線調査により、この作品が粗い麻布のカンヴァスに、鉛白、朱、クロムイエロー、合成ウルトラマリンといった、光学的に純粋な顔料を用いて描かれたことが分かっています。ゴッホ自身が直接自然を見て描くことを好んだのに対し、ゴーギャンは想像から制作することを好み、二人はこの違いについてしばしば議論を交わしていました。この絵自体が、そうした二人の芸術観の相違を暗示しているとも言われています。
図像学
美術史家たちは、ゴッホの頭部が歪んだ、平板な形に描かれている点を指摘しており、これは正確な似姿というより、ゴッホの精神状態の悪化を表現しようとしたものではないかとも解釈されています。
モデル本人の反応
完成した絵を初めて目にしたゴッホは、「確かに自分だと分かるが、ゴーギャンは自分を狂人として描いた」と感じたと伝えられています。しかし9か月後、ゴッホは弟テオへの手紙で、「その後、私の顔はずいぶん明るくなったが、あれは確かに当時の、極度に疲れ果て電気を帯びたような私自身だった」と書き残しています。なお、後年ゴーギャンは自著『前と後』の中で、この絵にまつわるひまわり連作について、まるで自分がゴッホを「開眼させた」かのような、誇張を含む記述を残していますが、実際にはゴッホがアルルでひまわり連作を手がけたのは、ゴーギャンの到着より2か月も早い1888年8月のことでした。
よくある誤解
誤解①「この絵はゴーギャンがゴッホの制作風景を現場で見たまま描いた」→ 実際は主に記憶に基づいて構想された
肖像画という性質上、実際の制作風景をそのまま写し取ったと思われがちですが、冬に完成したこの絵が夏の場面を描いていることから、ゴーギャンがまず記憶に基づいて構図を練り、後から細部を加えていったと考えられています。
誤解②「ゴッホはこの肖像画を心から気に入っていた」→ 実際は「狂人」のようだと感じていた
友人からの贈り物として素直に喜んだと思われがちですが、実際にはゴッホ本人が「狂ってしまった自分」のようだと初見時に感じたことが記録されています。
FAQ
Q. 《ひまわりを描くゴッホ》とはどんな作品ですか?
A. ゴーギャンが1888年12月、アルルの「黄色い家」でゴッホと共同生活を送っていた際に描いた肖像画です。ゴッホ美術館が所蔵しています。
Q. ゴッホはこの絵をどう思いましたか?
A. 初めて見たとき「狂ってしまった自分」のようだと感じたと伝えられていますが、9か月後の手紙では、当時の疲れ果てた自分を確かに捉えていたと振り返っています。
Q. この絵はどんな出来事につながりましたか?
A. 完成から数日後、二人の関係は悪化し、ゴッホが自らの耳を切り落とす事件へとつながっていきました。
Q. 《ひまわりを描くゴッホ》はどこで見られますか?
A. オランダ・アムステルダムのゴッホ美術館が所蔵しています。
まとめ
《ひまわりを描くゴッホ》は、共同生活の緊張が高まる中で描かれた友人の肖像画でありながら、モデル自身に「狂人」と評され、その数日後にはあの耳切り事件へとつながっていく、二人の破局を予感させる作品です。記憶と観察が入り混じったこの一枚は、ゴッホとゴーギャンという、芸術観の異なる二人の画家が、いかに互いを見つめ、そして衝突していったかを、今に伝えています。


