《レディ・ジェーン・グレイの処刑》とは|意図的な脚色に込められた悲劇の演出を徹底解説

《レディ・ジェーン・グレイの処刑》(1833年)は、フランスの画家ポール・ドラローシュによる油彩画で、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する、19世紀歴史画の代表作です。イングランド史上初の女王でありながら、わずか9日間で廃位され、16歳の若さで処刑された「九日間の女王」ジェーン・グレイの最期の瞬間を描いています。この絵は史実に忠実なようでいて、実は画家が意図的にいくつもの脚色を加えており、その工夫こそがこの絵を、時代を超えて人々を引きつける「怖い絵」たらしめています。

目次

基本情報

項目内容
作者ポール・ドラローシュ(1797〜1856)
制作年1833年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ246×297cm
所蔵ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
モデルとなった人物レディ・ジェーン・グレイ(1537頃〜1554、享年16)

一言でいうと
《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は、実際の史実に意図的な脚色を加えることで、九日間の女王という悲劇の少女の理不尽な死を、より劇的かつ普遍的な悲しみとして観る者に訴えかけた、演劇的演出の傑作である。

制作背景

「九日間の女王」の悲劇

ジェーン・グレイは、1553年7月10日にイングランド女王として即位しますが、わずか9日後、メアリー1世によって廃位されました。プロテスタントだったジェーンに対し、カトリックへの改宗を条件に助命を提案したメアリーでしたが、ジェーンはこれを毅然として拒否し、1554年2月12日、16歳4か月の若さで処刑されています。

大成功を収めた出世作

1833年に完成したこの絵は、翌1834年のパリ・サロンに出品され大きな人気を博し、当時最年少でフランス学士院会員に選ばれた俊英ドラローシュの、出世作となりました。

見どころと5つの意図的な脚色

構図

目隠しをされた純白のドレス姿のジェーンが、手探りで処刑台を探しています。中年の聖職者がその手を優しく処刑台へと導き、背後では2人の侍女が悲しみに打ちひしがれています。画面右には斧を手にした処刑人が立ち、床には血を吸うための藁が敷かれています。この絵は、史実に忠実なようでいて、実はドラローシュが意図的に加えた5つの脚色によって構成されています。

  1. 場所:実際の処刑はロンドン塔屋外の「タワー・グリーン」という広場で、大勢の見物人の前で行われましたが、絵では薄暗い屋内(地下牢のような空間)として描かれています。
  2. 衣装の色:ジェーンは実際には黒い服を着ていたと伝えられていますが、絵では純白のサテンのドレスとして描かれ、彼女の潔白さを強調しています。
  3. 処刑人の表情:史実では処刑人は仮面をかぶっていましたが、絵ではその表情がはっきりと見えるように描かれ、劇的効果が加えられています。
  4. 人物の比率:主人公のジェーンは、周囲の人物よりも意図的に一回り小さく描かれており、圧倒的な力に翻弄される少女の非力さが強調されています。
  5. 光の当て方:従来の絵画は左側からの光を用いるのが通例でしたが、ドラローシュは真上からの光を使い、聖職者の顔には影を落としながら、ジェーンの姿だけをスポットライトのように照らし出しています。

図像学

処刑台へ伸ばされたジェーンの左手には、結婚指輪がそのまま光っています。夫ギルフォード・ダドリーが幽閉されていたロンドン塔の独房の壁には、彼が刻んだとされる「ジェーン」の文字が今も残っており、政略結婚とされたこの夫婦の間に、実は深い愛情があったのではないかとも語り継がれています。

作品の来歴 — 洪水からの奇跡的な生還

1834年の発表後、数十年にわたり絶大な人気を誇っていたこの絵は、ロシアの富豪に購入されると一時人々の記憶から消えます。1870年、イギリス人収集家の手に渡り、1902年にナショナル・ギャラリーへ寄贈され、分館のテート・ギャラリーで展示されるようになりました。しかし1928年1月7日、テムズ川の氾濫によりギャラリーの地下が浸水し、この絵は他の作品とともに行方不明になったと考えられていました。1973年、若い学芸員クリストファー・ジョンストンが、洪水で損傷した作品を調査していた際、保管庫の中からこの絵をほぼ無傷のまま発見します。1975年の修復後、再び展示されると、特に若い世代の観客の間で人気を集めるようになりました。ロンドンに留学していた文豪・夏目漱石もこの絵をナショナル・ギャラリーで鑑賞し、その印象をもとに短編小説『倫敦塔』を執筆しています。2017年、日本初公開となる「怖い絵」展で来日を果たしました。

よくある誤解

誤解①「この絵は史実を忠実に再現した記録画である」→ 実際は複数の意図的な脚色が加えられている

歴史的な出来事を題材にした精密な絵画であることから、史実をそのまま描いた記録画だと思われがちですが、実際には処刑の場所、衣装の色、処刑人の表情、人物の比率、光の当て方など、複数の点でドラローシュが意図的に事実と異なる演出を加えています。

誤解②「この絵は完成以来、常に高く評価され続けてきた」→ 実際は洪水で一時失われたとされていた

現在の絶大な人気から、常に大切に扱われてきたと思われがちですが、実際には1928年のテムズ川氾濫でテート・ギャラリーの地下が浸水した際、この絵は他の作品とともに行方不明とされ、1973年に偶然発見されるまで、その存在は忘れられかけていました。

FAQ

Q. 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》とはどんな作品ですか?
A. ドラローシュが1833年に描いた油彩画で、「九日間の女王」ジェーン・グレイが処刑される直前の瞬間を描いています。ナショナル・ギャラリーが所蔵しています。

Q. なぜジェーン・グレイは処刑されたのですか?
A. プロテスタントだった彼女は、メアリー1世からカトリックへの改宗を条件に助命を提案されましたが、これを拒否し、1554年、16歳の若さで処刑されました。

Q. この絵はどこが史実と異なるのですか?
A. 処刑場所(実際は屋外)、衣装の色(実際は黒)、処刑人の表情(実際は仮面着用)、人物の比率、光の当て方など、複数の点で意図的な脚色が加えられています。

Q. 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》はどこで見られますか?
A. ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。

まとめ

《レディ・ジェーン・グレイの処刑》は、実際の史実に意図的な脚色を加えることで、九日間の女王という悲劇の少女の理不尽な死を、より劇的かつ普遍的な悲しみとして観る者に訴えかけた作品です。洪水による一時的な喪失と、その後の奇跡的な再発見という数奇な運命も含め、この絵は190年以上を経た今もなお、若い世代を含む多くの鑑賞者の心を強く揺さぶり続けています。

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