競売会社に届いた一枚の写真が、専門家たちを驚かせました。西海岸に暮らす一人の男性が、祖母から受け継いだ額入りの素描――それが実は、500年近く行方が分からなくなっていたミケランジェロの真筆だったのです。《リビアの巫女の右足の素描》は、システィーナ礼拝堂の天井画のために描かれた赤チョークの習作で、長らく「失われた」と考えられてきた作品でした。
基本情報
作者:ミケランジェロ・ブオナローティ(1475〜1564)
制作年:1510〜1511年頃
技法・素材:赤チョーク・紙
主題:システィーナ礼拝堂天井画《リビアの巫女》の右足の習作
発見の経緯:2026年、クリスティーズの査定サービスを通じて再発見
関連作品:メトロポリタン美術館所蔵《リビアの巫女のための習作》(左足を含む)
一言でいうと
《リビアの巫女の右足の素描》は、システィーナ礼拝堂の天井を飾る巨大な《リビアの巫女》像を描くにあたり、その足元の重心のかかり方を研究するために描かれた習作です。長年、専門家たちの間ではこの右足の習作の存在は知られていながら、実物の所在は分からないままでした。それが2026年、思いがけない形で再び姿を現しています。
制作背景
システィーナ礼拝堂の天井画は、ミケランジェロが1508年から1512年にかけて手がけた大作です。天井東端に描かれた《リビアの巫女》は、大きな書物を掲げながら体をひねる、ダイナミックなコントラポストの姿勢で表現されており、その姿勢を支える足のつま先への体重のかかり方は、全体の構図を成立させる上で極めて重要な要素でした。ミケランジェロが1511年冬、ボローニャからローマへ戻り、フレスコ制作の合間に素描に専念できた時期、この習作群は描かれたと考えられています。
メトロポリタン美術館が所蔵する《リビアの巫女のための習作》には、この巫女の左足の習作が複数描き込まれています。ところが1600年頃に誰かが作成したこのメトロポリタン美術館所蔵シートの模写(現在ウフィツィ美術館所蔵)には、左足に加えてもう一つ、右足の習作までもが写し取られていました。この事実から研究者たちは、ミケランジェロが実際に右足の習作も描いており、それが後に元のシートから切り離され、行方不明になったのだろうと長らく推測してきました。
見どころ

積み重ねられた探求の跡
紙の上には、足の輪郭が幾重にも重ねて描かれています。この重なりは、ミケランジェロが理想的な足の形と重心のかかり方を、一度で決めるのではなく、何度も線を引き直しながら探っていった過程をそのまま示しています。
サンダルの紐という細部
かかとの部分には、サンダルの紐らしき描写も見て取れます。巨大なフレスコ画の中では気づかれることのないほど小さなこの細部にまで、ミケランジェロは注意を払っていました。
紙の裏に隠された痕跡
この習作が本物かどうかを判断する過程では、赤外線反射撮影による調査も行われ、紙の裏面に黒チョークで描かれた別の素描の存在が明らかになっています。これは、メトロポリタン美術館所蔵のシートが表裏両面に習作を持つ「両面シート」であることとも符合する特徴でした。
評価と受容
この素描は、クリスティーズのオールドマスター素描部門の専門家ジャダ・ダーメンのもとに、匿名の見積もり依頼サービスを通じて送られてきた一枚の写真から発見の経緯が始まりました。所有者は、この額入りの素描を祖母から受け継いだもので、18世紀後半にヨーロッパの先祖が入手して以来、家族のもとにあったと説明していたと伝えられています。ダーメンはこの素描をニューヨークまで持ち帰り、6か月にわたる調査を行った末、紙の年代が16世紀に遡ることを突き止めました。そして実際にメトロポリタン美術館の習作の隣に並べたとき、両者が「同じ手によって、同じ時期に描かれた」ものであることが確信に変わったといいます。この発見は大きな話題を呼び、競売では推定価格を大きく上回る2,700万ドルで落札されました。
よくある誤解
誤解①「この素描は最初から真筆として知られていた」→ 実際は長年所在不明とされ、突然の再発見によって注目を集めた
著名な巨匠の作品として当然知られていたと思われがちですが、実際にはこの右足の習作は長らく行方が分からず、一般の所有者のもとに気づかれないまま眠っていたという経緯があります。
誤解②「この素描はメトロポリタン美術館所蔵の習作と同一のシートに含まれていた」→ 実際は元は一枚だった紙が切り離された可能性が高い
別々の作品として制作されたと思われがちですが、実際には両者は元々一枚の大きな紙の一部だった可能性が高く、後年のいずれかの時点で切り分けられたと考えられています。
FAQ
Q. 《リビアの巫女の右足の素描》とはどんな作品ですか?
A. ミケランジェロが1510年から1511年頃に手がけた赤チョークの習作で、システィーナ礼拝堂の《リビアの巫女》像の右足の姿勢を研究するために描かれました。
Q. なぜこの素描は長い間見つからなかったのですか?
A. 18世紀後半から一般の家庭に代々受け継がれており、専門家の目に触れる機会がないまま、真筆であることに誰も気づかずにいたためです。
Q. なぜこの素描がミケランジェロの真筆だと判断されたのですか?
A. メトロポリタン美術館所蔵の関連する習作と、様式・色調・扱い方が完全に一致し、紙の年代分析からも16世紀に遡ることが確認されたためです。
Q. この素描は現在どこにありますか?
A. 2026年のオークションで落札され、現在は新たな所有者のもとにあります。
まとめ
祖母の家に何気なく飾られていた一枚の素描が、500年近い時を経て巨匠の真筆だと判明するという出来事は、美術の世界に今もこうした発見の余地が残されていることを教えてくれます。ミケランジェロが足のつま先一つの重心にまでこだわり抜いた執念が、思いがけない形で再び日の目を見たという顛末は、彼の完璧主義がいかに徹底したものだったかを改めて物語っています。
