《雨の日、ボストン》とは|印象派になる前のハッサムが描いた、しっとりと濡れた大通りを追う

雨に濡れた石畳が鏡のように空を映し、傘をさした母娘が手をつないで歩いています。奥には辻馬車が停まり、街並みは灰色がかった靄に包まれています。《雨の日、ボストン》(1885年)は、アメリカ人画家チャイルド・ハッサムによる油彩画で、オハイオ州のトレド美術館が所蔵しています。ハッサムがまだフランスで印象派を本格的に学ぶ前、故郷ボストンの街角を見つめて描いた一枚です。

目次

基本情報

作者:チャイルド・ハッサム(フレデリック・チャイルド・ハッサム、1859〜1935)
制作年:1885年
技法・素材:油彩・カンヴァス
所蔵:トレド美術館(アメリカ・オハイオ州)
描かれた場所:ボストン、サウス・エンド地区のコロンバス・アヴェニューとアップルトン・ストリートの交差点
別名:《雨の日、コロンバス・アヴェニュー、ボストン》

一言でいうと

《雨の日、ボストン》は、雨に濡れたコロンバス・アヴェニューを、傘をさした親子連れがゆっくりと歩く様子を描いた作品です。派手な出来事は何一つ起きていないにもかかわらず、濡れた石畳に反射する光と、街並みを覆う灰色の空気が、この何気ない一場面に静かな詩情を与えています。

制作背景

ハッサムはマサチューセッツ州ドーチェスターに生まれ、若い頃は彫刻工房での見習いを経て、挿絵画家として働いていました。1883年に初めてヨーロッパへ旅立ち、水彩画を手がけるようになりますが、この《雨の日、ボストン》が描かれた1885年は、彼がまだボストンを拠点にしていた時期にあたります。前年の1884年にはキャスリーン・モード・ドーンと結婚しており、翌1886年からはパリに渡ってアカデミー・ジュリアンで学ぶことになりますが、この絵はその渡仏より前、ハッサムがすでに都市の日常風景に強い関心を寄せていたことを示す作品です。

彼は後年、「後世に名を残すのは、自分が生きる時代と、身の回りの日常の光景を描いた者だ」という言葉を残しており、この信条は生涯を通じて彼の作風を貫くことになります。《雨の日、ボストン》は、まさにこの信条を体現する初期の一例と言えるでしょう。

見どころ

濡れた石畳が映す光

画面の大部分を占める濡れた歩道と車道は、空の淡い光をそのまま映し込んでおり、画面全体に穏やかな輝きを与えています。この水面のような照り返しの表現は、後年ハッサムが繰り返し取り組むことになる、雨や雪の都市風景というテーマの原点とも言えます。

傘の下の親子

画面手前には、大きな黒い傘をさした女性と、その傍らを歩く小さな女の子が描かれています。二人の姿は決して大げさな身振りを見せておらず、雨の中を淡々と歩くという、ごくありふれた日常の一コマとして表現されています。

建ち並ぶレンガ造りの街並み

画面の奥には、当時のボストンの都市景観を特徴づけるレンガ造りの建物が整然と連なっています。ハッサムはこうした建築物の細部を丁寧に描き込みながらも、全体を覆う靄がかった空気によって、輪郭をやわらかくぼかしています。

評価と受容

ハッサムはこの後パリに渡り、フランスでの学びを経てアメリカ印象派を代表する画家の一人として名を馳せていくことになります。彼の作品はニューヨークの街並み、とりわけ雨や雪に濡れた都市風景を主題にしたものが特に知られており、後年の《雨の日、五番街》(1893年)や、旗を主題にした連作《アヴェニュー・イン・ザ・レイン》(1917年、現在はホワイトハウス所蔵)へとつながる関心の萌芽は、すでにこの《雨の日、ボストン》に見て取ることができます。ハッサムは生涯で3,000点を超える作品を手がけたと言われ、ボストン美術館やメトロポリタン美術館をはじめ、全米各地の主要な美術館にその作品が収蔵されています。

よくある誤解

誤解①「この絵はハッサムがフランスで印象派を学んだ後の作品である」→ 実際は渡仏前、ボストン在住時代に描かれている
ハッサムといえば印象派の画家として知られているため、この絵もフランス仕込みの技法によるものだと思われがちですが、実際にはこの絵が描かれた1885年の翌年になってようやくハッサムはパリへ渡っており、この作品はまだ渡仏前のボストン時代のものです。

誤解②「この絵は特別な出来事や祝祭を描いている」→ 実際はごく普通の雨の日の日常風景である
劇的な場面を期待して見てしまいがちですが、実際にはこの絵に描かれているのは、傘をさして歩く親子連れという、何の変哲もない日常の一コマにすぎません。

FAQ

Q. 《雨の日、ボストン》とはどんな作品ですか?
A. ハッサムが1885年に手がけた油彩画で、雨に濡れたボストンのコロンバス・アヴェニューを傘をさして歩く親子連れの姿を描いています。トレド美術館が所蔵しています。

Q. ハッサムはどんな画家だったのですか?
A. アメリカ印象派を代表する画家の一人で、都市の日常風景、とりわけ雨や雪に濡れた街並みを繰り返し描いたことで知られています。

Q. この絵はハッサムの画業の中でどんな位置づけですか?
A. パリで本格的に印象派を学ぶ前、ボストン在住時代に描かれた作品で、後年繰り返し取り組むことになる雨の都市風景というテーマの、初期の一例にあたります。

Q. 《雨の日、ボストン》はどこで見られますか?
A. アメリカ・オハイオ州のトレド美術館が所蔵しています。

まとめ

派手な出来事が何も起きていないこの一枚が、140年近く経った今も見る人の足を止めるのは、雨に濡れた街の何気ない空気をここまで丁寧にすくい取った画家がいたからでしょう。パリでの修業を経る前のハッサムが、すでに自分の生きる時代の風景にこれほど惹かれていたという事実が、この絵をただの都市風景以上のものにしています。

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