《不幸な家族(自殺)》とは|画家自身の運命を予告した一枚を徹底解説

《不幸な家族(自殺)》(1849年)は、フランスの画家オクターヴ・タサールによる油彩画で、パリのオルセー美術館が所蔵する作品です。貧しい部屋の中、練炭の火鉢を前に自殺を図ったとみられる母娘を描いたこの絵は、皮肉にも、画家自身の最期を予告するかのような一枚になりました。

目次

基本情報

項目内容
作者オクターヴ・タサール(1800〜1874)
制作年1849年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ114×78.5cm
所蔵オルセー美術館(パリ、ルーヴル美術館より寄託)
原題(仏)Une famille malheureuse

一言でいうと
《不幸な家族(自殺)》は、貧困に追い詰められた母娘が練炭で自死を図る場面を描いた作品でありながら、25年後、画家自身が同じ方法で命を絶つという、恐ろしい暗合を残すことになった一枚である。

制作背景

タサールは、貧しい人々の暮らしを主題にした風俗画を多く手がけた画家で、批評家からはしばしば「メロドラマ的」と評されながらも、大衆からは高い支持を得ていました。1849年のこの作品は、国家買い上げの依頼を受けて制作され、当時のフランス社会が抱えていた都市貧困への不安を色濃く反映しています。

見どころ

構図:粗末な部屋の中、年老いた女性が椅子に寄りかかりながら天井を見上げ、その傍らでもう一人の若い女性が力なくうなだれています。足元には練炭の火鉢が赤々と燃え、二人がこの一酸化炭素で命を絶とうとしていることを示唆しています。壁には聖母子像がかけられ、この絶望的な光景を静かに見守っています。

評価:批評家ボードレールは著書『美学的珍品集』の中で、タサールの色彩について「上出来で、適度に明るく、大変趣味の良いもの」と評しています。

恐ろしい暗合 — 画家自身の最期

タサールは晩年、アルコール依存症により視力を損ない、絵筆を折って詩作を試みるも作品はほとんど残らず、貧困のうちに孤立していきました。そして1874年4月22日、パリの自室で一酸化炭素中毒により死去します。これは自殺とみられており、しかもその手段は、練炭火鉢を用いるという、まさにこの《不幸な家族(自殺)》、そして同種の主題を描いた別作品《自殺》(1852年)に描かれた方法と、まったく同じものでした。

よくある誤解

誤解①「この絵は貧困への社会的な告発として、批評家から高く評価されていた」→ 実際は「メロドラマ的」と批判されることもあった

貧困を主題にした社会派の絵画として一貫して称賛されてきたと思われがちですが、実際には当時の批評家から、感傷を優先しすぎた構成だとしばしば批判されており、評価は分かれていました。

誤解②「この絵はタサール自身の運命を暗示して描かれた」→ 実際は制作から25年後に偶然一致した

まるで画家が自らの死を予見していたかのように思われがちですが、実際にはこの一致は制作から四半世紀を経て起きた偶然であり、タサール自身がこの絵を予言として意図していたわけではありません。

FAQ

Q. 《不幸な家族(自殺)》とはどんな作品ですか?
A. タサールが1849年に描いた油彩画で、練炭で自死を図る母娘とみられる二人を描いています。オルセー美術館が所蔵しています。

Q. なぜこの絵は「恐ろしい暗合」と言われるのですか?
A. 画家タサール自身が1874年、絵と同じ練炭による一酸化炭素中毒で命を絶ったためです。

Q. 《不幸な家族(自殺)》はどこで見られますか?
A. パリのオルセー美術館(ルーヴル美術館より寄託)が所蔵しています。

まとめ

《不幸な家族(自殺)》は、貧困に追い詰められた母娘が練炭で自死を図る場面を描いた作品でありながら、25年後、画家自身が同じ方法で命を絶つという、恐ろしい暗合を残すことになった一枚です。

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