《龍興而致雲(りゅうおこりてくもいたす)》(昭和12年、1937年)は、日本画家・横山大観による水墨画で、島根県の足立美術館が所蔵しています。乱雲の中を昇りゆく一頭の龍を描いたこの作品は、大観が第一回文化勲章を受章した、まさにその年に手がけられました。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 横山大観(1868〜1958) |
| 制作年 | 昭和12年(1937年) |
| 技法・素材 | 紙本墨画(目に金泥) |
| 所蔵 | 足立美術館(島根県) |
| 意味 | 「龍は雲を得て、天を目指す」 |
一言でいうと
《龍興而致雲》は、乱雲と岩、うねる波の中を昇りゆく龍の姿を、墨のみの豪快な筆致で描き出した作品であり、この絵が完成した年、大観自身も第一回文化勲章を受章するという、まさに「昇龍」と呼ぶにふさわしい絶頂期を迎えていた。
見どころ

構図:とどろく雷鳴を思わせる乱雲の中、一頭の龍が激しい動きを見せています。ごつごつとした岩肌とうねる波が、画面全体に凄まじい気迫を与えています。
技法:龍の体はすべて墨のみで描かれていますが、唯一、目にだけ金泥が加えられています。何かを捉えたかのように大きく見開かれたその眼が、絵全体に強い緊張感をもたらしています。
評価:本作が制作された1937年、大観は新設された文化勲章の第一回受章者に選ばれました。乱雲を割いて天へと昇りゆく龍の姿は、当時の大観自身の画業の絶頂を、そのまま象徴しているかのようです。
龍を描き続けた大観
大観は生涯にわたり、龍を主題にした作品を数多く手がけています。日露戦争後の外遊中に描いた《双龍争珠》(1905年)では、師・岡倉天心の思想「東洋の理想と西洋の科学という二つの力」を、宝珠を争う二頭の龍になぞらえました。また1940年の《龍躍る》では、富士山を背景に舞う龍を描いています。《龍興而致雲》は、こうした大観の龍をめぐる画業の中でも、墨の力強さそのものを前面に押し出した、代表的な一作です。
よくある誤解
誤解①「大観が龍を描いたのはこの1点だけである」→ 実際は生涯にわたり繰り返し描いている
この絵の印象の強さから、龍が大観にとって特別な一度限りの主題だと思われがちですが、実際には《双龍争珠》《龍躍る》など、生涯を通じて繰り返し手がけた重要なモチーフの一つです。
誤解②「龍の体には金泥や彩色が施されている」→ 実際は目にのみ金泥が使われている
華やかな装飾を思わせるタイトルから、彩色豊かな作品だと誤解されがちですが、実際には龍の体は墨のみで描かれ、目にだけ金泥が加えられているという、抑制の効いた表現になっています。
FAQ
Q. 《龍興而致雲》とはどんな作品ですか?
A. 大観が1937年に描いた水墨画で、乱雲の中を昇る龍を描いています。足立美術館が所蔵しています。
Q. なぜこの年が重要なのですか?
A. 大観がこの絵を制作した1937年、第一回文化勲章を受章しており、画業の絶頂期にあたる年だったためです。
Q. 《龍興而致雲》はどこで見られますか?
A. 島根県の足立美術館が所蔵しています。
まとめ
《龍興而致雲》は、乱雲と岩、うねる波の中を昇りゆく龍の姿を、墨のみの豪快な筆致で描き出した作品です。文化勲章受章という栄誉の年に生まれたこの一枚は、大観自身の画業の勢いそのものを、天へと昇る龍の姿に重ね合わせているかのようです。
