《黄金時代 I(独:Das Goldene Zeitalter I、英:The Golden Age I)》は、ドイツの画家ハンス・フォン・マレースが1879年に手がけた赤チョーク素描で、現在はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されている。人物群像を配した理想郷の情景を描いたこの素描は、単独の完成作というより、マレースが晩年に手がけることになる神話的な主題への足がかりとなった1枚だ。今回はこの素描を残した画家の経歴と、赤チョークという技法に見る制作過程の一端について見ていく。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ハンス・フォン・マレース(1837〜1887) |
| 制作年 | 1879年 |
| 技法・素材 | 赤チョーク・紙(ウォーヴ紙) |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.) |
| 収蔵経緯 | ヴォルフガング・ラーチェン・コレクションの一部として2007年に収蔵 |
一言でいうと
彫像のような裸体の人物たちが集う、理想化された古代の情景。マレースが晩年に取り組むことになる神話的な主題への探求が、この赤チョークの線描にすでに息づいている。
制作背景
肖像画から神話主題への転換
マレースはプロイセン王国のエルバーフェルトで銀行家の家系に生まれ、ベルリン・アカデミーで学んだのち、ミュンヘンで画家フランツ・フォン・レンバッハと出会う。当初は肖像画を主に手がけていたが、次第に神話的な主題へと関心を移していった。1864年にはアードルフ・フォン・シャック伯爵の依頼で、画家仲間とともにイタリアへ古典絵画の模写に赴き、この旅を通じて美術理論家コンラート・フィードラーと親交を結んでいる。フィードラーはのちにマレースの重要な支援者となった。
ナポリでの壁画制作を経て
1873年、マレースはナポリに新設されたドイツ海洋動物学研究所の図書室の壁を飾る壁画を手がけている。この壁画は風景のなかに人物を配した5つの場面から構成され、特定の象徴的・神話的な図式を持たず、マレース自身の言葉によれば「海と浜辺の生活の喜び」を表現することを意図したものだった。この経験が、のちの理想化された人物群像という主題へとつながっていったと考えられる。
赤チョークという制作過程の記録
この素描は、彫刻家アードルフ・フォン・ヒルデブラントとの親交や、フィードラーからの支援を受けながら制作活動を続けていた時期に描かれたものだ。マレースの遺品からコンラート・フィードラー、その相続人メアリー・バリングへと伝わり、1991年のクリスティーズのオークションを経てヴォルフガング・ラーチェンの手に渡り、2007年にナショナル・ギャラリー・オブ・アートが取得している。
見どころ

群れをなす人物たち
画面上部には、複数の人物が寄り添うように集う様子が描かれている。彫像を思わせる量感のある体つきと、簡潔な輪郭線による表現が、マレースが目指した古典的な理想美への志向を物語っている。
座る人物と語りかける人物
画面下部には、腰掛ける人物とそれに向き合う人物の姿が描かれている。会話を交わすような身振りが、単なる静的な群像を超えた、物語性を帯びた場面として構成されている。
赤チョークならではの柔らかな線
赤チョークという画材は、油彩とは異なる柔らかく温かみのある線を生み出す。この素描でも、輪郭を何度も引き直しながら人物の姿勢を探る、思考の跡がそのまま画面に残されている。
未完成であることの意味
この素描は完成された作品というより、構図やポーズを検討するための習作としての性格が強い。線の重なりや消し跡から、マレースがどのように理想化された人物の配置を模索していたのかをうかがい知ることができる。
実際に見るには
本作はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されている。マレースは1880年代に「パリスの審判」や「ヘスペリデスの園」といった大規模な三連画を手がけており、こうした後年の代表作とあわせて見ることで、この素描がどのような主題探求の延長線上にあったのかをより深く理解することができる。
よくある誤解
この素描はしばしば「独立した完成作」として鑑賞されがちだが、実際にはマレースが構図やポーズを検討するために制作した習作としての性格が強い。単なる下絵としてではなく、画家が理想化された人物表現をどのように模索していたかを示す、制作過程の貴重な記録として見ることで、この作品の価値がより見えてくる。
FAQ
Q. 《黄金時代 I》はどこで見られますか?
ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートに所蔵されている。
Q. どんな技法で描かれていますか?
赤チョークによって紙の上に描かれた素描である。
Q. マレースはどんな画家でしたか?
当初は肖像画を手がけ、のちに神話的な主題へと転じたドイツの画家で、晩年はローマで大規模な三連画を制作した。
Q. この素描はいつナショナル・ギャラリーの所蔵になったのですか?
2007年、ヴォルフガング・ラーチェン・コレクションの一部として収蔵された。
Q. マレースの他の代表作にはどんなものがありますか?
1880年代に手がけた「パリスの審判」「ヘスペリデスの園」などの大規模な三連画が知られている。
まとめ
《黄金時代 I》は、彫像のような人物群像を配した理想郷の情景を、赤チョークの柔らかな線描によって探求した1枚だ。完成作ではなく習作としての性格を持つこの素描には、マレースが晩年に到達する神話的な主題への道のりが、静かに刻み込まれている。
