荊の冠をかぶせられ、両手を縛られたキリストの肩に、一人の男が嘲るように外套をかけようとしています。その傍らで、老いた男が鋭い視線をこちらへ向けています。《エッケ・ホモ》(1605年頃)は、イタリア・バロックを代表する画家カラヴァッジョによる油彩画で、ジェノヴァのパラッツォ・ビアンコが所蔵しています。福音書の一場面を描いたこの絵は、依頼主が三人の画家に同時に競作を依頼していたという裏事情と、爆撃を受けた建物の階段でひっそりと眠っていたという劇的な発見の経緯を持つ、いわく付きの一枚です。
基本情報
作者:カラヴァッジョ(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ、1571〜1610)
制作年:1605年頃(1605〜06年、あるいは1609年とする説もあり)
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約128×103cm
所蔵:パラッツォ・ビアンコ(ジェノヴァ)
依頼主:枢機卿マッシモ・マッシミ
主題:『ヨハネによる福音書』19章5節
一言でいうと
《エッケ・ホモ》は、荊の冠をかぶせられ手を縛られたキリストに、嘲りの外套が着せられようとしている場面を描いた作品です。総督ピラトが群衆にキリストを示す「見よ、この人だ」という聖書の場面と、その直前の嘲弄の瞬間とを一つの画面に重ね合わせています。
制作背景
この絵は1605年6月25日付の契約書によって、ローマの裕福な資産家で美術収集家だった枢機卿マッシモ・マッシミから依頼されたと記録されています。マッシミはすでにカラヴァッジョから《荊冠のキリスト》を入手しており、この《エッケ・ホモ》はその対作として構想されました。
ところが、フィレンツェの画家チゴリの甥にあたるジャンバッティスタ・カルディの証言によれば、マッシミは実はこの主題を、カラヴァッジョ、チゴリ、ドメニコ・パッシニャーノという三人の画家に対し、互いに知らせないまま同時に依頼していたとされています。結果としてマッシミが気に入ったのはチゴリの作品だったと伝えられており、パッシニャーノが手がけたはずの絵は今日まで所在が分かっていません。カラヴァッジョ自身は同年7月、公証人への暴行事件を起こしてジェノヴァへ逃亡しており、8月の納品期限に間に合わなかった可能性も指摘されています。
見どころ

嘲りと哀れみが同居する表情
外套をキリストの肩にかけようとする男の表情には、加虐的な嘲りと、どこか同情めいた哀れみの両方が入り混じっているように見えます。カラヴァッジョ特有の心理的な写実性が、この人物の顔にはっきりと表れています。
ピラトかもしれない老人の視線
画面右手に描かれた老いた男は、鋭くも複雑な視線をこちらへ向けています。この人物をピラト自身と見る解釈があり、美術史家ロベルト・ロンギは、この顔立ちがカラヴァッジョ自身を戯画化した自画像ではないかとも指摘しています。
荒々しい筆致
キリストの手や耳の描写には、意図的に仕上げを詰めきらないような、粗い筆致が見られます。こうした「未完成」に見える表現は、カラヴァッジョが晩年のローマ時代に手がけた作品群に共通する特徴でもあります。
評価と受容
この絵の来歴には数奇な運命が刻まれています。かつてこの絵は1920年代からジェノヴァの海軍兵学校の階段に、カラヴァッジョの追随者による模写として分類されたまま掛けられていました。第二次世界大戦中の爆撃で建物が損傷を受けた際、この絵も傷つき、その後パラッツォ・ドゥカーレの倉庫に保管されることになります。1953年、ジェノヴァの美術館群の館長がこの絵をカラヴァッジョの真作ではないかと疑い、美術史家ロベルト・ロンギによってその真贋が確認されました。今日でも、マッシミが依頼した本来の《エッケ・ホモ》がこのジェノヴァ版なのか、あるいは近年マドリードのプラド美術館で再発見された別のバージョンなのか、その決着はついていません。マドリード版は2021年、競売にかけられた際にはリベーラの弟子作とされていましたが、カラヴァッジョの真作である可能性が浮上し、競売そのものが中止されるという騒動も起きています。
よくある誤解
誤解①「この絵は最初からカラヴァッジョ唯一の作として依頼された」→ 実際は三人の画家への同時依頼の一部だった
一人の画家への特別な依頼だと思われがちですが、実際には依頼主マッシミが、互いに知らせないまま三人の画家に同じ主題を発注していた、いわば「見えない競作」の一枚でした。
誤解②「この絵は制作以来ずっとカラヴァッジョの真作として扱われてきた」→ 実際は長らく追随者の模写として分類されていた
名だたる美術館の所蔵品であることから、常に真作と見なされてきたと思われがちですが、実際にはこの絵は20世紀半ばまで模写として扱われ、爆撃で傷んだ後の再調査でようやく真贋が確認されました。
FAQ
Q. 《エッケ・ホモ》とはどんな作品ですか?
A. カラヴァッジョが1605年頃に手がけた油彩画で、荊の冠をかぶせられ嘲られるキリストの姿を描いています。ジェノヴァのパラッツォ・ビアンコが所蔵しています。
Q. なぜこの絵は長らく模写として扱われていたのですか?
A. ジェノヴァの海軍兵学校に模写として展示されていたためで、第二次世界大戦の爆撃で傷んだ後の再調査を経て、1953年にようやく真作であることが確認されました。
Q. なぜこの絵の真贋をめぐって議論が続いているのですか?
A. 依頼主マッシミが同じ主題を三人の画家に発注していたことに加え、近年マドリードで再発見された別のバージョンも同じ依頼作である可能性があり、どちらが本来の作品かが決着していないためです。
Q. 《エッケ・ホモ》はどこで見られますか?
A. イタリア・ジェノヴァのパラッツォ・ビアンコが所蔵しています。
まとめ
爆撃を受けた建物の階段で、模写として見過ごされ続けていた一枚の絵が、実はカラヴァッジョ自身の手によるものだったという事実は、この画家の作品につきまとう数奇な運命をそのまま体現しています。三人の画家に競わせた依頼主の思惑も、マドリードに現れたもう一つの候補作の存在も、この絵の謎をいっそう深いものにしています。

