乾いた大地の上を、聖像を掲げた聖職者たちを先頭に、120人近い人々の群れが延々と続いています。物乞い、身体の不自由な人、警官、貴族――あらゆる階層の人々が、一つの宗教行列の中に押し込められています。《クルスク県の復活大祭の十字行》(1880〜83年)は、ロシアの画家イリヤ・レーピンによる油彩画で、モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。信仰の行事を描きながら、そこに教会と国家の双方が抱える問題までも織り込んだ、レーピンの社会観察の到達点の一つです。
基本情報
作者:イリヤ・レーピン(1844〜1930)
制作年:1880〜1883年
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約175×280cm
所蔵:トレチャコフ美術館(モスクワ)
主題:クルスクの生神女(聖母)のイコンを運ぶ、年に一度の十字行
別名:《クルスク県の復活大祭の行列》
一言でいうと
《クルスク県の復活大祭の十字行》は、クルスクの生神女のイコンを、コレンナヤ修道院から近隣のクルスクの街へと運ぶ、年に一度の宗教行事を描いた作品です。行列を率いる聖職者たちの背後には、農民から物乞い、身体の不自由な人々、警官や軍人、地方の名士に至るまで、当時のロシア社会をそのまま切り取ったような雑多な群衆が続いています。
制作背景
レーピンがこの主題の準備素描を最初に手がけたのは、フランスとイタリアでの留学から帰国した直後の1876〜77年のことでした。その後1880年、クルスク地方を深刻な干ばつが襲ったという報せが、彼にこの主題への関心を新たにさせます。飢饉や苦難からの救済を願う人々の信仰と結びついていたクルスクの生神女のイコンをめぐるこの行事に着目したレーピンは、当初の習作を、乾ききった大地と切実な思いを抱く巡礼者たちを描く、大規模な構図へと発展させていきました。
制作にあたり、レーピンは1881年の夏、実際にコレンナヤ修道院を訪れて現地調査を行い、直接の観察に基づいた入念な準備を重ねています。収集家パーヴェル・トレチャコフは、レーピンがこの絵を完成させる前から、すでに1万ルーブルという金額でこの作品を買い取ることを決めていました。批評家スターソフもまた、この絵がレーピンにとって次の大きな成功作になると確信し、画家を後押ししていたと伝えられています。
見どころ

あらゆる階層が交わる群衆
画面には、聖像を高く掲げる聖職者たちを先頭に、農民、物乞い、松葉杖をついた身体の不自由な人々、騎馬の警官、そして着飾った地方の名士たちまでが、一つの行列の中に描き込まれています。約120人にも及ぶこの群像は、それぞれが独自の表情と姿勢を持ち、単なる背景の一部としてではなく、一人ひとりが物語を持つ存在として描かれています。
乾いた大地の広がり
画面全体を覆う土埃の立つ乾いた道は、当時クルスク地方を襲っていた深刻な干ばつを反映しています。人々の切実な信仰心と、荒涼とした風景との対比が、この行事が単なる祝祭ではなく、苦難からの救いを求める真剣な祈りの場であることを物語っています。
物議を醸した聖像の運び手
発表当初、この絵は大きな論争を引き起こしました。理由の一つは、聖像を運ぶ役目を担う男性の一人が、まるで酔っているかのような姿で描かれていたことです。この細部は、教会と国家の双方に潜む腐敗や問題を暗示するものとして受け止められ、単なる宗教行事の記録を超えた、レーピンの社会批評としての一面を際立たせています。
評価と受容
レーピンはこの絵の制作について、「私は自分のささやかな力のすべてを注いで、自分の考えに真の形を与えようとしている。身の回りの生活が私を大いに揺さぶり、少しも安らぎを与えてくれない――それがカンヴァスに写し取られることを求めているのだ」と語っています。この言葉が示す通り、この絵は単なる宗教行事の記録ではなく、レーピンが生涯を通じて追求した、ロシア社会のありのままの姿を描くという姿勢の延長線上にある作品です。《ヴォルガの舟曳き》で見せた、群衆を一つの帯状の塊として描く構成は、この絵にも受け継がれており、批評家スターソフが唱えた「理想的なロシア美術」の要件を、レーピンが忠実に体現し続けていたことを示す一例ともされています。
よくある誤解
誤解①「この絵は敬虔な信仰の様子だけを描いた宗教画である」→ 実際は教会と国家への社会批評も込められている
純粋な信仰の記録として見られがちですが、実際には聖像を運ぶ男性が酔っているように見える描写など、当時の教会や国家が抱えていた問題を暗示する要素が随所に織り込まれています。
誤解②「この絵に描かれた群衆は一様な農民の集団である」→ 実際はあらゆる社会階層が混在する構成になっている
遠目には一つの群れに見えるこの行列ですが、実際には農民だけでなく、物乞いや身体の不自由な人々、警官、軍人、地方の名士まで、当時のロシア社会のほぼすべての階層が意図的に組み込まれています。
FAQ
Q. 《クルスク県の復活大祭の十字行》とはどんな作品ですか?
A. レーピンが1880年から83年にかけて手がけた油彩画で、クルスクの生神女のイコンを運ぶ年に一度の宗教行列を描いています。トレチャコフ美術館が所蔵しています。
Q. なぜこの絵は発表当初に論争を呼んだのですか?
A. 聖像を運ぶ男性の一人が酔っているように見える描写が、教会や国家の抱える問題を暗示するものとして受け止められ、物議を醸しました。
Q. この絵に描かれた行事にはどんな由来がありますか?
A. クルスクの生神女のイコンには、飢饉や苦難からの救済を願う信仰が結びついており、レーピンは1880年の深刻な干ばつを背景に、この行事を主題として選んでいます。
Q. 《クルスク県の復活大祭の十字行》はどこで見られますか?
A. ロシア・モスクワのトレチャコフ美術館が所蔵しています。
まとめ
一つの宗教行事を描いた絵の中に、これほど幅広い社会の断面を詰め込めるという事実こそ、レーピンの観察眼の鋭さを物語っています。乾いた大地を歩む120人近い人々の群れは、信仰そのものよりも、その信仰を取り巻く社会の実像を、静かに、しかし雄弁に語り続けています。
