《舟遊びをする人々の昼食》(1880〜81年)は、フランス印象派を代表する画家ピエール=オーギュスト・ルノワールによる油彩画で、アメリカ・ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションが所蔵する作品です。セーヌ川沿いのレストラン兼舟遊び場のバルコニーで、くつろぐ人々を描いたこの絵は、印象派を象徴する陽気な情景でありながら、実は登場人物14人全員がルノワール自身の実在の友人・知人たちであり、さらに画面手前の女性は、制作の途中で恋に落ちた相手の顔に、あえて描き替えられたという逸話を持つ一枚です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841〜1919) |
| 制作年 | 1880年後半〜1881年3月 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| 所蔵 | フィリップス・コレクション(ワシントンD.C.) |
| 舞台 | メゾン・フルネーズ(セーヌ川沿い、シャトゥー) |
| 発表 | 1882年、第7回印象派展 |
一言でいうと
《舟遊びをする人々の昼食》は、セーヌ川沿いのレストラン兼舟遊び場のバルコニーで、階級の垣根を越えて打ち解ける人々の陽気なひとときを描いた、印象派を象徴する傑作でありながら、登場する14人全員が実在するルノワール自身の友人・知人たちであり、画面手前の女性は、制作の途中でルノワールが恋に落ちた相手の顔へと、途中で描き替えられたという、興味深い逸話を秘めている一枚である。
制作背景
この絵の舞台は、パリ郊外シャトゥーにあるセーヌ川沿いのレストラン兼ボート貸出業「メゾン・フルネーズ」のバルコニー(「ロージュ」と呼ばれる特等席)です。描かれている14人は、単なる無作為な群像ではなく、いずれもルノワールの実際の交友関係にあった、画家仲間やパトロン、モデル、親しい友人たちだったことが、美術史家によって特定されています。
画面手前左、テリア犬をあやす女性は、若きお針子アリーヌ・シャリゴです。ルノワールはこの絵の制作中に彼女と出会って恋に落ち、当初別のモデルが座っていたこの位置の顔を削り取り、アリーヌの顔へと描き替えたと伝えられています。彼女は後にルノワールの妻となり、3人の息子をもうけました。画面右下で椅子に逆向きに座り、麦わら帽子をかぶっているのは、画家仲間であり印象派の重要なパトロンでもあったギュスターヴ・カイユボットです。彼は印象派展や、こうした集いの費用をたびたび援助していたことでも知られ、この日のワイン代も彼が支払ったと伝えられています。
奥でシルクハットをかぶっているのは、銀行家であり、有力美術誌『ガゼット・デ・ボザール』の編集者でもあったシャルル・エフルッシです。赤外線調査により、ルノワールが制作の途中で彼の顔の向きを変更していたことが判明しており、当初はカイユボットと同様に川の方を向いていましたが、後に隣にいる人物(詩人ジュール・ラフォルグ、エフルッシの秘書)の方を向くよう修正されています。中央でグラスを傾ける女性は、ドガの絵にもたびたび登場した女優エレン・アンドレで、周囲との交流から離れ、一人物思いにふけるような様子で描かれています。手すりに肘をついた女性はレストラン主人の娘アルフォンシーヌ・フルネーズ、その傍らでバルコニーの手すりに寄りかかる大柄な男性は、主人の息子アルフォンス・フルネーズ・ジュニアとされています。
見どころ

構図:画面はバルコニーの手すりが作る対角線によって、背景の緑豊かな自然と、手前の賑やかな人々の社交空間とに分けられています。手前左のアリーヌから視線をたどると、立ち話をする人々の視線を追う形で、画面右下のカイユボットへと自然に回帰する、巧みな視線誘導の構成になっています。
階級を越えた集い:この絵には、袖なしシャツ姿の労働者階級の男性たちと、シルクハットをかぶった上流階級の紳士たちが、分け隔てなく同じ食卓を囲む様子が描かれています。1881年当時、このような階級を越えた気軽な交わりを描くことは、いくぶん反骨的で新しい試みだったとも言われています。
制作の裏話:1880年1月、ルノワールは自転車の事故(あるいは転倒)により右腕を骨折したと伝えられ、この絵の制作期間中、しばらくの間左手で描かざるを得なかったともいわれています。
評価と来歴
この絵は1882年の第7回印象派展に出品され、3人の批評家から会場最高の作品として評価されました。画商ポール・デュラン=リュエルがルノワールから購入した後、1923年、実業家ダンカン・フィリップスが、デュラン=リュエルの息子から12万5000ドルで買い取りました。これは当時、印象派の作品に支払われた金額としては史上最高額でした。以後この絵は、フィリップス・コレクションを代表する所蔵品の一つとして、同館で最も来館者に親しまれている作品の一つとなっています。映画『アメリ』(2001年)にも印象的な形で登場するなど、今日でも広く親しまれ続けています。
よくある誤解
誤解①「この絵は架空の人々による、想像上ののどかな情景を描いている」→ 実際は14人全員が実在するルノワールの友人・知人である
印象派らしい陽気な情景から、架空の人物群像だと思われがちですが、実際には登場する14人全員が実在の人物であり、画家・批評家・女優・レストラン主人の家族など、それぞれの身元が美術史家によって特定されています。
誤解②「手前で犬をあやす女性は、当初からアリーヌ・シャリゴとして描かれていた」→ 実際は制作途中で別のモデルから描き替えられた
最終的な完成作の印象から、この女性は最初からアリーヌとして描かれていたと思われがちですが、実際には当初別のモデルがこの位置に座っており、ルノワールが制作中にアリーヌと恋に落ちたことで、その顔が削り取られ、彼女の顔へと描き替えられました。
FAQ
Q. 《舟遊びをする人々の昼食》とはどんな作品ですか?
A. ルノワールが1880年から81年にかけて手がけた油彩画で、セーヌ川沿いのレストラン「メゾン・フルネーズ」のバルコニーでくつろぐ、実在の友人・知人たち14人を描いています。フィリップス・コレクションが所蔵しています。
Q. なぜ手前の女性は途中で描き替えられたのですか?
A. ルノワールが制作の途中でお針子アリーヌ・シャリゴと恋に落ち、当初別のモデルが座っていたその位置の顔を削り取り、彼女の顔へと描き替えたためです。彼女は後にルノワールの妻となりました。
Q. この絵に描かれた人物は特定されているのですか?
A. はい。画家ギュスターヴ・カイユボット、編集者シャルル・エフルッシ、女優エレン・アンドレなど、14人全員の身元が美術史家によって特定されています。
Q. 《舟遊びをする人々の昼食》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ワシントンD.C.のフィリップス・コレクションが所蔵しています。
まとめ
《舟遊びをする人々の昼食》は、セーヌ川沿いのレストラン兼舟遊び場のバルコニーで、階級の垣根を越えて打ち解ける人々の陽気なひとときを描いた、印象派を象徴する傑作でありながら、登場する14人全員が実在するルノワール自身の友人・知人たちであり、画面手前の女性は、制作の途中でルノワールが恋に落ちた相手の顔へと、途中で描き替えられたという、興味深い逸話を秘めている一枚です。140年以上を経た今もなお、この絵は失われた時代の友情と幸福な一瞬を、私たちの前に留めています。
