《ある年のトウワタ》とは|抽象表現主義を予告した「色のヴェール」を徹底解説

《ある年のトウワタ》(1944年)は、アルメニア出身のアメリカの画家アーシル・ゴーキーによる油彩画で、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵する作品です。緑と茶を基調とした色彩の層が画面全体を覆うように広がるこの絵は、シュルレアリスムとヨーロッパ・モダニズムの語彙を独自に消化しながら、後のアメリカ抽象表現主義の到来を予告した、ゴーキー円熟期の代表作の一枚です。

目次

基本情報

項目内容
作者アーシル・ゴーキー(1904年頃〜1948)
制作年1944年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ94.1×119.3cm
所蔵ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.)
制作場所ヴァージニア州ハミルトン(妻の実家の別荘)
様式シュルレアリスムから抽象表現主義への過渡期

一言でいうと

《ある年のトウワタ》は、緑と茶を基調とした色彩の層を、不均一な筆致で画面全体に広げ、具体的な風景の形態や奥行きを持たせないまま、光と影が揺らめくような効果だけを生み出した作品でありながら、シュルレアリスムのオートマティスム(自動筆記)の手法を絵画に取り入れることで、後のアメリカ抽象表現主義の到来を予告した、ゴーキー円熟期を代表する一枚である。

制作背景

ゴーキーは1944年の大半を、妻の両親が所有するヴァージニア州ハミルトンの別荘で過ごし、素描や絵画に取り組みながら、季節の移ろいを静かに観察していました。この絵は、彼がこの年に手がけた一連の「色のヴェール」絵画の一枚とされ、同時期に制作された《肝臓は雄鶏のとさか》(現バッファローAKG美術館所蔵)とともに、抽象表現主義を直接的に先取りする作品として、ニューヨーク派の画家たちにも大きな影響を与えたと評価されています。

見どころ

色彩の層:この絵では、絵の具の薄い層が不均一に画面全体へと塗り重ねられ、示唆的でありながら判然としない形態が、あちこちに描き込まれています。全体を覆う緑と茶の色調は風景を思わせますが、特定できる風景の形態や、奥行きのある空間構成は存在しません。代わりに、垂直に流れる絵の具の跡と、明暗の交錯が、画面全体に揺らめくような効果を生み出しています。

オートマティスムの手法:この絵の緩やかで滲むような筆致には、シュルレアリスムが実践していた「オートマティスム」、すなわち、あらかじめ計画を立てず、絵筆や鉛筆を動かす中で偶然生まれる効果を活かす手法への、ゴーキーの強い関心が反映されています。

画家の背景

ゴーキーは、オスマン帝国領内、ヴァン湖近郊のホルゴム村で、本名ヴォスタニク・マヌーグ・アドヤンとして生まれました。彼の少年時代は、オスマン帝国の崩壊と、トルコ軍によるアルメニア人虐殺の時代と重なっています。1919年、母シュシャニク・デル・マルデロシアンは、強制移住の行進の途上で餓死しました。ゴーキーは1920年、姉とともにアメリカへ渡り、以後アルメニアでの記憶と、ヨーロッパ・モダニズムの語彙とを独自に融合させた画業を築いていきます。1944年には、母との思い出を反映した《母の刺繍エプロンが私の人生に広がる様》のような、より直接的に個人的な記憶を主題にした作品も手がけており、この年は、彼が過去の記憶と抽象的な表現とを結びつける、実り豊かな創作の時期だったと考えられています。

評価

《ある年のトウワタ》は、セザンヌやピカソ、シュルレアリスム、そしてパリ派の官能的な色彩と絵画性とを、ゴーキー独自の個人的な造形言語へと統合した作品として、今日高く評価されています。彼の画業は、後のニューヨーク派の指導者たちからも大きな影響源として認められており、「2世代のアメリカ人芸術家たちの道を照らした」とも評されています。しかしゴーキー自身は、アトリエの火災による多くの作品の焼失、癌の診断、交通事故、そして結婚生活の破綻という度重なる悲劇に見舞われ、1948年、自ら命を絶っています。

よくある誤解

誤解①「この絵は特定の実在する風景を描いている」→ 実際は具体的な形態や奥行きを持たない抽象的な構成である
緑と茶を基調とした色調から、実在する風景を描いたものだと思われがちですが、実際にはこの絵には特定できる風景の形態や、奥行きのある空間構成は存在せず、色彩の層と筆致の効果のみで構成された抽象的な作品です。

誤解②「ゴーキーの個人的な経歴はこの絵の内容とは無関係である」→ 実際は彼の生涯全体がその画業の根底に色濃く反映されている
抽象的な作品であることから、彼の個人史とは切り離して鑑賞されがちですが、実際にはアルメニア人虐殺による母の死という経験は、ゴーキーの画業全体に深く影響を与えており、同じ1944年には、母との記憶をより直接的に主題にした作品も手がけています。

FAQ

Q. 《ある年のトウワタ》とはどんな作品ですか?
A. ゴーキーが1944年に手がけた油彩画で、緑と茶を基調とした色彩の層が画面全体に広がる、抽象的な構成を特徴としています。ナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵しています。

Q. なぜこの絵は抽象表現主義の先駆けと評されるのですか?
A. 具体的な形態を排し、色彩と筆致の効果そのものによって画面を構成する手法が、後のアメリカ抽象表現主義に直接的な影響を与えたと考えられているためです。

Q. ゴーキーとはどんな画家ですか?
A. オスマン帝国領アルメニアに生まれ、アルメニア人虐殺で母を失った経験を持つ画家で、1920年にアメリカへ渡り、シュルレアリスムとヨーロッパ・モダニズムを独自に融合させた画業を築きました。

Q. 《ある年のトウワタ》はどこで見られますか?
A. アメリカ・ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートが所蔵しています。

まとめ

《ある年のトウワタ》は、緑と茶を基調とした色彩の層を、不均一な筆致で画面全体に広げ、具体的な風景の形態や奥行きを持たせないまま、光と影が揺らめくような効果だけを生み出した作品でありながら、シュルレアリスムのオートマティスムの手法を絵画に取り入れることで、後のアメリカ抽象表現主義の到来を予告した、ゴーキー円熟期を代表する一枚です。80年近くを経た今もなお、この絵に塗り重ねられた色彩の層は、当時のままの詩情を保っています。

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