《嵐(テンペスタ)》(1506〜08年頃)は、ヴェネツィア派盛期ルネサンスを代表する画家ジョルジョーネによる油彩画で、ヴェネツィアのアカデミア美術館が所蔵する作品です。雷鳴とどろく空の下、謎めいた男女を描いたこの絵は、西洋美術史上でも屈指の解釈不能な作品として長年議論の的となってきましたが、X線調査によって、実は現在私たちが目にしている構図自体が、当初の構想から大きく描き替えられたものだったことが判明しています。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジョルジョーネ(1477/78頃〜1510) |
| 制作年 | 1506〜08年頃 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 83×73cm |
| 所蔵 | アカデミア美術館(ヴェネツィア、1856年より収蔵) |
| 当初の依頼主 | ガブリエーレ・ヴェンドラミン(ヴェネツィアの貴族) |
| 別名 | 《ジプシー女と兵士》 |
一言でいうと
《嵐(テンペスタ)》は、雷鳴とどろく空の下、当世風の服をまとった男性と、赤子に乳を与える裸婦を描いた、西洋美術史上でも最も解釈が定まらない謎めいた作品でありながら、X線調査によって、現在描かれている男性の立つ位置には、当初は別の裸婦の姿が描かれていたことが判明しており、この事実一つだけでも、これまで積み重ねられてきた数々の解釈を根底から揺るがしています。
制作背景
この絵は、ヴェネツィアの貴族ガブリエーレ・ヴェンドラミンの依頼によって制作されたと考えられています。1530年、美術鑑定家マルカントニオ・ミキエルが、彼のコレクションの中にこの絵があったことを記録しており、その後の16〜17世紀の家族の財産目録にも登場します。その後、商人クリストーフォロ・オルセッティのコレクションを経て、マンフリン家のコレクションに再び姿を現し、1856年にイタリア政府によって購入され、アカデミア美術館へと収蔵されました。
見どころ

構図:画面左には、長い杖を手にした若い男性が立っています。彼は「兵士」と呼ばれることもありますが、実際にはその服装は当時のヴェネツィアで流行していた上流階級の日常着であり、兵士の装いではありません。画面右には、裸のまま乳飲み子に授乳する女性が座っています。彼女は少なくとも1530年以来「ジプシー女」と呼ばれてきましたが、これも確たる根拠のある呼称ではありません。二人の背後には橋が架かり、その先には塔のある町が広がっています。塔の一つには、ヴェネツィアの象徴である聖マルコの獅子がかすかに確認できます。空には暗雲が立ち込め、稲妻が走る様子が描かれ、これがこの絵の題名の由来となっています。ただし「テンペスタ(嵐)」という題名自体、ジョルジョーネ自身が付けたものではなく、後世に定着した呼び名です。
X線が明らかにした決定的な変更:この絵をめぐる最大の謎は、X線調査によって明らかになりました。現在男性が立っている場所には、当初、足を水に浸して座るもう一人の裸婦の姿が描かれていたことが判明したのです。この事実は、この絵の解釈を大きく複雑にしています。例えば、この絵をアダムとイヴ、楽園追放の場面として読み解こうとする説がありましたが、当初の構図に描かれていたのが2人の女性だったとすれば、この解釈は成り立ちません。
尽きせぬ謎:この絵の主題については、今日まで実に多様な解釈が提示されてきました。楽園追放の場面とする説、当時ヴェネツィアとカンブレー同盟(教皇ユリウス2世が主導した同盟)との間で高まっていた戦争の緊張を暗示する政治的寓意とする説、さらに近年では、ヴェンドラミン家を称える詩と関連づけ、男性を英雄アエネアスの息子シルウィウス、女性を彼の母ラウィニアと同定する説なども提唱されています。しかし、いずれの解釈も決定的な証拠を欠いており、そもそも明確な物語を意図的に持たない、開かれた構成なのではないかとする見方も根強くあります。
評価
《嵐(テンペスタ)》は、風景そのものを主題とした西洋美術史上最初期の作品の一つとしても、高く評価されています。当時、風景画は絵画のジャンルの中でも最も低く位置づけられ、多くは神話や歴史の場面の背景としてしか用いられていませんでした。この絵のような作品を通じて、ジョルジョーネは風景画というジャンルの地位を大きく引き上げる役割を果たしたと考えられています。この絵は、確実にジョルジョーネの真筆と認められる、わずか6点ほどの作品の一つでもあります。その謎めいた性格は後世の文学作品にも影響を与え、マーク・ヘルプリンの小説『A Soldier of the Great War』(1991年)や、フアン・マヌエル・デ・プラダの小説『嵐』(2004年、プラネタ賞受賞)にも、重要な役割を持つ作品として登場しています。
よくある誤解
誤解①「《ジプシー女と兵士》という通称は絵の内容を正確に表している」→ 実際は男性は兵士の服装をしておらず、女性が「ジプシー」である根拠もない
この通称から、兵士とジプシー女性が描かれていると思われがちですが、実際には男性の服装は当時のヴェネツィアの上流階級の日常着であり、女性が「ジプシー」であるという確たる根拠も存在しません。いずれもジョルジョーネ自身が付けた呼称ではなく、後世に定着した通俗的な呼び名です。
誤解②「現在の構図は制作当初からそのままの姿である」→ 実際は男性の立つ位置には、当初別の裸婦が描かれていた
今日目にする2人の人物の組み合わせが、最初から意図された構図だと思われがちですが、実際にはX線調査により、現在男性が立っている場所には、当初、足を水に浸して座るもう一人の裸婦が描かれていたことが判明しており、この変更が絵全体の解釈を大きく複雑にしています。
FAQ
Q. 《嵐(テンペスタ)》とはどんな作品ですか?
A. ジョルジョーネが1506年から08年頃に手がけた油彩画で、雷鳴とどろく空の下、謎めいた男女を描いています。ヴェネツィアのアカデミア美術館が所蔵しています。
Q. この絵の意味は判明しているのですか?
A. いいえ。楽園追放の寓意、政治的な警句、特定の物語詩との関連など、多様な解釈が提唱されていますが、今日まで決定的な答えは出ていません。
Q. X線調査で何が明らかになったのですか?
A. 現在男性が立っている場所には、当初、足を水に浸して座るもう一人の裸婦が描かれていたことが判明し、この絵の解釈をさらに複雑にしています。
Q. 《嵐(テンペスタ)》はどこで見られますか?
A. イタリア・ヴェネツィアのアカデミア美術館が所蔵しています。
まとめ
《嵐(テンペスタ)》は、雷鳴とどろく空の下、当世風の服をまとった男性と、赤子に乳を与える裸婦を描いた、西洋美術史上でも最も解釈が定まらない謎めいた作品でありながら、X線調査によって、現在描かれている男性の立つ位置には、当初は別の裸婦の姿が描かれていたことが判明しており、この事実一つだけでも、これまで積み重ねられてきた数々の解釈を根底から揺るがしています。500年以上を経た今もなお、この絵が投げかける謎は、決して閉じることのない問いとして、見る者の前に残されています。

