《夢の牧歌(ワルキューレ)》とは|武装を解かれた戦乙女が見つめる眠れる都市を徹底解説

《夢の牧歌(ワルキューレ)》(1902年)は、イギリスのラファエル前派に連なる画家エドワード・ロバート・ヒューズによる作品で、現在は個人が所蔵しています。黒い翼を持つ天馬にまたがった裸身の女性が、夜の都市の上空を飛翔するこの絵は、本来は武装した勇猛な戦乙女として語り継がれてきた北欧神話のワルキューレを、武器も鎧もまとわぬ、儚く官能的な姿へと大胆に読み替えた、象徴主義絵画の傑作です。

目次

基本情報

項目内容
作者エドワード・ロバート・ヒューズ(1851〜1914)
制作年1902年
技法・素材グワッシュ・パステル・紙
サイズ約109.5×79cm
所蔵個人蔵
主題北欧神話のワルキューレ
様式象徴主義(ラファエル前派の影響下)

一言でいうと

《夢の牧歌(ワルキューレ)》は、本来は武装した勇猛な戦乙女として語り継がれてきた北欧神話のワルキューレを、武器も鎧もまとわぬ裸身の姿で夜空を駆ける、儚く官能的な存在へと大胆に読み替え、眠りに沈む都市を切なげに見下ろす彼女の視線を通じて、神々の世界から人間の世界への憧れという、ヒューズ独自の物語を紡ぎ出した作品である。

制作背景

エドワード・ロバート・ヒューズは、ラファエル前派の画家アーサー・ヒューズを叔父に持ち、1868年からロイヤル・アカデミー・スクールで学んだ後、著名なラファエル前派の画家ウィリアム・ホルマン・ハントのもとで15年以上にわたり助手を務めた人物です。こうした経歴から強くラファエル前派の影響を受けながらも、彼はやがて、幻想的で象徴主義的な、夜空を飛翔する女性たちの姿を描く独自の作風を確立していきました。

北欧神話における本来のワルキューレとは、戦場で命を落とす戦士を選び、彼らを天上の宮殿ヴァルハラへと導く、勇猛な女性の戦の使者たちです。しかしヒューズはこの絵で、そうした武勇の物語からワルキューレを解き放ち、代わりに彼女を、地上の人間たちの世界に強い憧れを抱く、繊細でロマンティックな存在として描き出しました。1905年にアメリカ・セントルイスの万国博覧会でこの絵が展示された際、評者アイシドア・スピールマンは、ヴァルハラを去ったこのワルキューレが、かつて争いと英雄譚の舞台であった都市が、今は戦を離れて月光の中に安らかに眠る様子を見下ろしながら、人間たちの美しい世界とともに生きたいという強い憧れを抱いているかのようだと評しています。

見どころ

構図

画面いっぱいに広がる濃い藍色の夜空を背景に、黒い翼を持つ天馬が力強く前脚を跳ね上げ、雲の合間を駆け抜けています。その背にまたがる裸身の女性は、月光を浴びて白く輝く肌と、風になびく金色の長い髪を持ち、片手で馬の翼をつかみながら、はるか下方に横たわる都市を、物思わしげな表情で見つめています。

図像学

伝統的にワルキューレは、兜や鎧、盾や剣を携えた勇壮な戦士として描かれるのが通例です。しかしこの絵に描かれたワルキューレは武器も鎧も持たず、無防備な裸身のまま夜空を駆けています。この大胆な読み替えは、彼女を単なる神話上の戦の使者としてではなく、人間の世界への憧れと孤独を抱えた、象徴主義的な存在へと変貌させています。眼下に広がる都市は、かつて争いと英雄的な行為の舞台であったが、今は戦火から解放され、月明かりの中で静かに眠っているとされ、ワルキューレの視線は、そこに暮らす人間たちの営みへの、届かぬ憧れを湛えています。

技法

グワッシュとパステルという、油彩とは異なる柔らかな質感を持つ技法を用いることで、夜空の深い藍色と、女性の肌や髪が放つ淡い光との対比が、いっそう幻想的な効果を生み出しています。渦を巻くような雲の描写と、力強く跳躍する天馬の躍動感は、静と動が同居する独特の緊張感を絵全体に与えています。

評価

《夢の牧歌(ワルキューレ)》は、1902年にロンドンで発表されるとすぐに観客を魅了し、ヒューズが手がけた北欧神話のワルキューレを主題とする作品群の中でも、とりわけ官能的で挑発的な一枚として知られています。ヒューズはこの数年後、1906年頃に《ワルキューレの夜警》という別のワルキューレ像も手がけていますが、そちらは鎖帷子の上に腰掛け、剣と翼のついた兜を携えた、もの思わしげながらも武装した戦乙女として描かれており、本作の裸身の描写とは対照的です。民間伝承や神話を出発点にしながら、そこに象徴主義の理想を独自の形で溶け込ませたヒューズの作風は、見る者それぞれに異なる解釈を促す、示唆に富んだ絵画世界を作り上げています。

よくある誤解

誤解①「ワルキューレは常に武装した戦士の姿で描かれる」→ 実際はこの絵では武器も鎧も持たない裸身の姿で描かれている
北欧神話における伝統的なイメージから、ワルキューレは兜や鎧、剣を携えた勇壮な戦士として描かれるものだと思われがちですが、実際にこの絵に描かれたワルキューレは、武器も鎧もまとわぬ無防備な裸身の姿で夜空を駆けており、ヒューズが独自の象徴主義的な解釈を加えていることがわかります。

誤解②「ヒューズがワルキューレを描いたのはこの一枚だけである」→ 実際は複数のワルキューレ作品を手がけている
この絵の強い印象から、ヒューズにとって唯一のワルキューレ作品だと思われがちですが、実際には彼はこの数年後、1906年頃に《ワルキューレの夜警》という別のワルキューレを主題にした作品も手がけており、そちらでは鎧を身にまとった、より伝統的なイメージに近い戦乙女が描かれています。

FAQ

Q. 《夢の牧歌(ワルキューレ)》とはどんな作品ですか?
A. ヒューズが1902年に手がけたグワッシュ・パステル画で、裸身のワルキューレが黒い翼を持つ天馬にまたがり、夜の都市の上空を飛翔する場面を描いています。現在は個人が所蔵しています。

Q. ワルキューレとはどのような存在ですか?
A. 北欧神話に登場する女性の戦の使者で、戦場で命を落とす戦士を選び、天上の宮殿ヴァルハラへと導く役割を担うとされています。

Q. 眼下に描かれている都市はどこですか?
A. 明確には特定されていませんが、かつて争いの舞台であった都市が、今は戦から離れて月明かりの中で眠っている様子として描かれています。

Q. 《夢の牧歌(ワルキューレ)》はどこで見られますか?
A. 現在は個人が所蔵しており、常設展示はされていません。

まとめ

《夢の牧歌(ワルキューレ)》は、本来は武装した勇猛な戦乙女として語り継がれてきた北欧神話のワルキューレを、武器も鎧もまとわぬ裸身の姿で夜空を駆ける、儚く官能的な存在へと大胆に読み替え、眠りに沈む都市を切なげに見下ろす彼女の視線を通じて、神々の世界から人間の世界への憧れという、ヒューズ独自の物語を紡ぎ出した作品です。120年以上を経た今もなお、この絵は神話と幻想のあわいを漂う、静かな憧れのまなざしを私たちに投げかけ続けています。

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