《班猫》(1924年)は、近代京都画壇を代表する日本画家、竹内栖鳳による絹本着色画で、東京の山種美術館が所蔵する重要文化財です。エメラルドグリーンの瞳を持つ一匹の猫が、身体をひねりながらこちらを見下ろすこの絵は、静岡県沼津で偶然出会った一匹の猫をモデルに描かれた、近代日本画における動物画の最高傑作の一つです。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | 竹内栖鳳(1864〜1942) |
| 制作年 | 1924年(大正13年) |
| 技法・素材 | 絹本・彩色・額(1面) |
| サイズ | 81.9×101.6cm |
| 所蔵 | 山種美術館(東京) |
| 指定 | 重要文化財 |
一言でいうと
《班猫》は、静岡県沼津で偶然出会った一匹の猫を、飼い主から譲り受けて京都まで連れ帰り、丹念な観察と写生を重ねて完成させた作品でありながら、絵が仕上がって間もなくモデルとなった猫自身が姿を消してしまうという、一期一会の出会いが結晶した近代日本画の傑作である。
制作背景
竹内栖鳳は、江戸時代以来の円山・四条派の伝統を受け継ぎながら、1900年のパリ万博視察を通じて西洋絵画の技法にも触れ、東西の技法を融合させた独自の画風を確立した、近代京都画壇を代表する画家です。動物画を得意としたことでも知られ、ライオンや熊からアヒル、蛙に至るまで、生涯にわたって実に多彩な生き物を描き続けました。
この絵の直接のきっかけは、栖鳳が静岡県沼津を訪れた際に、たまたま見かけた一匹の猫に心を奪われたことでした。その猫を飼っていた八百屋から譲り受け、わざわざ京都の自宅まで連れて帰った栖鳳は、この猫を丹念に観察し、写生を重ねて本作を完成させます。しかし、絵が仕上がってからほどなくして、モデルとなったこの猫は姿を消してしまったと伝えられています。
見どころ

構図:何も描かれていない無地に近い背景の中、画面下部にほぼすべての要素を集約させ、猫は身体を大きくひねりながら、伸ばした前足の先からこちらを見下ろすような姿勢で描かれています。この猫の身体が生み出す渦巻きのような曲線と、余白の広がりとが響き合うことで、絵全体に独特の奥行きと静けさが生まれています。
技法:柔らかな毛並みをよく見ると、その一本一本がごく細い筆線によって丹念に描き込まれていることがわかります。これは「毛描き(けがき)」と呼ばれる、日本・東洋絵画に古くから伝わる伝統的な技法で、筆線の生きた表現力によって、写真では捉えきれない迫真的な質感を生み出しています。エメラルドグリーンに輝く瞳と、ピンと伸ばされた白い前足は、この絵がとりわけ愛らしいと評される所以です。
落款の位置:画面左上に配された落款(サイン)と、右下に大きく描かれた猫の身体との絶妙な間合いも、この絵の見どころの一つとされています。実物は横幅が1メートルを超える、想像以上に大きな作品であり、間近で鑑賞すると毛の一本一本まで愛でるように見入ってしまう緻密さを備えています。
評価
《班猫》は、竹内栖鳳の代表作であると同時に、近代日本画における動物画の最高傑作の一つとして高く評価されています。栖鳳はまた優れた教育者でもあり、自身の画塾「竹杖会」や京都市立絵画専門学校などを通じて、西村五雲や土田麦僊、村上華岳といった多くの逸材を育て、近代日本画の発展に大きく貢献しました。1977年に重要文化財に指定されたこの絵は、現在も山種美術館のコレクションの中でもっとも人気を集める作品の一つとなっています。
よくある誤解
誤解①「タイトルの『班』は誤字であり、正しくは『斑猫』と書くべきである」→ 実際は作品の箱書きに従い『班猫』と表記されている
「まだらの猫」を意味することから、一般的な「斑(まだら)」という漢字を用いた「斑猫」が正しい表記だと思われがちですが、実際にはこの作品は箱書きに記された表記に従い、「班猫」という字が正式なタイトルとして用いられています。
誤解②「この絵は小ぶりで親しみやすいサイズの作品である」→ 実際は横幅1メートルを超える大作である
猫という身近な題材と、余白の多い落ち着いた構図から、小さく控えめな作品だと思われがちですが、実際にはこの絵は81.9×101.6cmという、実物を前にすると意外なほど大きく感じられるサイズで制作されています。
FAQ
Q. 《班猫》とはどんな作品ですか?
A. 竹内栖鳳が1924年に手がけた絹本着色画で、静岡県沼津で出会った一匹の猫をモデルに描いています。山種美術館が所蔵する重要文化財です。
Q. モデルになった猫はどうなったのですか?
A. 栖鳳が沼津で見かけた猫を飼い主の八百屋から譲り受けて京都まで連れ帰り、この絵を完成させましたが、絵が仕上がって間もなく、その猫は姿を消してしまったと伝えられています。
Q. 「毛描き」とはどのような技法ですか?
A. 毛の一本一本を細い筆線で丹念に描き込む、日本・東洋絵画に古くから伝わる伝統技法で、この絵の柔らかな毛並みの質感を生み出す重要な役割を果たしています。
Q. 《班猫》はどこで見られますか?
A. 東京都渋谷区の山種美術館が所蔵しており、特別展などの機会に公開されています。
まとめ
《班猫》は、静岡県沼津で偶然出会った一匹の猫を、飼い主から譲り受けて京都まで連れ帰り、丹念な観察と写生を重ねて完成させた作品でありながら、絵が仕上がって間もなくモデルとなった猫自身が姿を消してしまうという、一期一会の出会いが結晶した近代日本画の傑作です。100年近くを経た今もなお、そのエメラルドグリーンの瞳は、見る者を静かに見下ろし続けています。
