1958年、ロンドンのオークションでこの絵はわずか45ポンド、日本円にして数万円ほどの値段で落札されました。それから半世紀余りが過ぎた2017年、同じ一枚の板絵が450億円を超える金額で競り落とされ、美術品としては史上最高額を記録します。《サルバトール・ムンディ》(1500年頃)は、レオナルド・ダ・ヴィンチの作とされる油彩画で、キリストが右手で祝福を与え、左手に水晶球を持つ姿を描いています。ただし、この絵をめぐっては、本当にレオナルド自身の手によるものかどうかという議論が今も続いています。
基本情報
作者:レオナルド・ダ・ヴィンチ(帰属、1452〜1519)
制作年:1500年頃
技法・素材:油彩・クルミ材の板
主題:救世主としてのキリスト
落札額:2017年、クリスティーズで4億5,031万2,500ドル(手数料込み、絵画としては史上最高額)
所在:2017年以降、一般公開なし(所有者はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子とされる)
一言でいうと
《サルバトール・ムンディ》は、ルネサンス期の装いをまとったキリストが、二本の指を立てて祝福のしぐさを示しながら、左手に透明な水晶球を持つという、伝統的な「救世主」の図像を描いた作品です。ただしこの絵は、美術史上でも稀に見る値上がりと、専門家の間ですら意見が割れる真贋論争を同時に抱えた、極めて特殊な一枚でもあります。
制作背景
この絵の主題は、ルネサンス期の宗教画で広く描かれてきた「サルバトール・ムンディ(世界の救い主)」の図像に連なるものです。キリストは右手を挙げて祝福の身振りを示し、左手には水晶の球体を捧げ持っています。この球体は、天球、すなわちキリストが宇宙そのものを司る存在であることを示す象徴とされています。
この絵は長い間、忘れられた存在でした。1958年、ロンドンのサザビーズでレオナルドの弟子ボルトラッフィオの作とされて競売にかけられた際には、わずか45ポンドで落札されています。その後行方が分からなくなり、2005年、ニューオーリンズの小さなオークションハウスで、ニューヨークの美術商たちがわずか1,175ドルほどで買い取ったことで、再びその存在が知られるようになりました。
見どころ

修復と再評価
買い取られた当初、この絵は木製の支持体が虫食いに侵され、過去の稚拙な修復によって大きく上塗りされた、傷んだ状態にありました。修復家ダイアン・モデスティーニによる長期にわたる修復作業を経て、この絵は2011年、ロンドンのナショナル・ギャラリーで開催されたレオナルド展に、真作として出品されるまでになります。この展覧会への出品は、この絵がレオナルドの真筆であるという評価が広まる大きな転機となりました。
高騰する評価額
再発見からわずか数年のうちに、この絵の評価額は劇的に上昇していきました。2013年にはロシアの富豪ドミトリー・リボロフレフへ1億2,750万ドルで売却され、この取引は後に美術商を相手取った訴訟にまで発展しています。そして2017年11月、クリスティーズのオークションで4億5,031万2,500ドルという金額で落札され、絵画としては史上最高額を記録することになりました。落札者はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子の代理人と見られる人物でした。
続く真贋論争
この驚異的な評価額とは裏腹に、専門家の間ではこの絵がどこまでレオナルド本人の手によるものかという疑問が根強く残っています。スペインのプラド美術館は、自館の展覧会カタログの中でこの絵の帰属を格下げする記述を行っており、美術史家チャールズ・ホープをはじめとする研究者たちも、水晶球の描写など細部の技術的な水準に疑問を呈しています。オークション時にクリスティーズが強調した「レオナルド真筆であるという学術的な合意」という説明についても、実際には工房の助手が関わった可能性を示唆する見解が排除されていたのではないかと、後に指摘されています。
評価と受容
2017年の落札後、この絵はアブダビのルーヴル美術館分館での展示が予告されていましたが、その計画は説明のないまま延期され、以来一度も一般公開されていません。所在をめぐる憶測は今も続いており、美術品としての価値と、その真贋・所有をめぐる不透明さが同居する、異例の存在であり続けています。
よくある誤解
誤解①「この絵はレオナルドの真筆であることが学術的に確定している」→ 実際は専門家の間でも評価が分かれている
史上最高額での落札という事実から、真贋についても決着がついているように思われがちですが、実際にはプラド美術館による帰属の格下げなど、レオナルド本人の手による部分がどこまでかについては、今も議論が続いています。
誤解②「この絵は落札後、美術館で公開されている」→ 実際は2017年以降一度も一般公開されていない
史上最高額という話題性から、どこかの美術館で見られると思われがちですが、実際にはアブダビでの展示計画が延期されて以降、この絵の所在ははっきりせず、一般の目に触れる機会は一度もありません。
FAQ
Q. 《サルバトール・ムンディ》とはどんな作品ですか?
A. レオナルド・ダ・ヴィンチの作とされる油彩画で、キリストが右手で祝福を与え、左手に水晶球を持つ姿を描いています。2017年、絵画としては史上最高額の4億5,031万2,500ドルで落札されました。
Q. なぜこの絵は真贋論争を抱えているのですか?
A. 長年放置されて損傷が激しく、後世の修復や上塗りが加えられていたことに加え、細部の技術的な水準について専門家の間でも評価が分かれているためです。
Q. この絵は今どこにありますか?
A. 2017年の落札以降、一般公開された記録はなく、所有者はサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子とされていますが、正確な所在は明らかにされていません。
Q. なぜこれほど高額で取引されたのですか?
A. 「現存する最後の個人所蔵レオナルド作品」という触れ込みと、2011年のナショナル・ギャラリーでの展示を経た学術的な評価の高まりが、オークションでの熱狂的な競り合いにつながったとされています。
まとめ
45ポンドの模写から4億5,000万ドルの「傑作」へ——《サルバトール・ムンディ》がたどった評価額の変遷そのものが、美術品の価値というものがいかに文脈と物語によって作られていくかを映し出しています。真贋の決着がつかないまま、この絵は今も誰の目にも触れられることなく、どこかに眠り続けています。
