《解体されるために曳かれてゆく戦艦テメレール号、1838年》(1839年)は、イギリス・ロマン主義の巨匠J・M・W・ターナーによる油彩画で、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵する作品です。かつてトラファルガーの海戦で活躍した老朽艦が、蒸気タグボートに曳かれて解体場へと最後の航海をする様子を描いたこの絵は、2005年の世論調査で「イギリス人が最も愛する絵画」に選ばれた、国民的な名画です。
基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | J・M・W・ターナー(1775〜1851) |
| 制作年 | 1839年(描かれた場面は1838年) |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 90.7×121.6cm |
| 所蔵 | ナショナル・ギャラリー(ロンドン) |
| 主題 | 戦艦テメレール号の最後の航海 |
| 来歴 | 1851年、ターナー自身の遺贈により国有化 |
一言でいうと
《解体されるために曳かれてゆく戦艦テメレール号》は、かつてトラファルガーの海戦で活躍した老朽艦が、小さな蒸気タグボートに曳かれて解体場へと最後の航海をする様子を、燃えるような夕焼けの中に描くことで、帆走の時代の終焉と蒸気の時代の到来という、産業革命期イギリスの技術的な移り変わりを、壮麗な鎮魂歌として表現した作品である。
制作背景
戦艦テメレール号は、5000本を超える樫の木材から建造された、98門の大砲を備える三層甲板の戦列艦です。1805年のトラファルガーの海戦では、ネルソン提督の旗艦ヴィクトリー号を援護し、敵艦2隻を拿捕するという功績を上げ、「勇猛なるテメレール」として広く名を馳せました。しかし1820年以降は補給艦としての役目に甘んじ、1838年、40年の歳月を経て老朽化した同艦は、ついに海軍省によって売却されることが決まります。買い手となったジョン・ビートソンは2隻の蒸気タグボートを雇い、シアネスからロンドン南東部のロザーハイズの解体場まで、2日間かけてこの巨艦を曳航させました。これは、海軍省がスクラップとして売却した艦としては最大級であり、テムズ川をこれほど上流まで曳航された船としても最大規模の出来事だったとされています。
ターナー自身がこの曳航の様子を実際に目撃したかどうかは定かではなく、当時の新聞報道などをもとに、想像力によってこの場面を再構成したと考えられています。1839年のロイヤル・アカデミー展にこの絵を出品した際、ターナーはトマス・キャンベルの詩『イングランドの船乗りたちよ』から引用・翻案した一節、「戦いとそよ風に耐え抜いた旗も、もはや彼女のものではない」という言葉を添えていました。
見どころ

構図:画面左側には、白と金色に輝く幽玄な姿の戦艦テメレール号が、荘厳にそびえ立っています。その手前には、黒く煤けた小さな蒸気タグボートが、高い煙突から煙を吐き出しながら、まるで「水すまし」のように川面を進んでいく様子が描かれています。この老いた帆船の気高い美しさと、実用一点張りの黒いタグボートとの鮮烈な対比が、この絵の中心的な主題です。
光の演出:画面右側には燃えるような夕焼けが広がり、老艦の栄光を称えるかのような色彩の饗宴が展開されています。実際にはこの場面の地理上、太陽はこの位置に沈むはずがない(画面は東を向いているとされる)にもかかわらず、ターナーは正確さよりも感情的・象徴的な効果を優先し、あえてこの構図を選んだと考えられています。
史実との違い:実際には、曳航の時点でテメレール号のマストや索具はすでに取り外されていたとされていますが、ターナーはあえてこれらを絵の中に復元して描き、最後の航海に臨む老艦に、なお威厳ある姿を与えています。
評価
ターナー自身がこの絵を深く愛しており、「いかなる金銭や好意をもってしても、私の『愛しき人』を再び貸し出すことはできない」と語ったと伝えられています。1851年、ターナーの遺贈(ターナー・ベクエスト)を通じて国有財産となり、以後ナショナル・ギャラリーに収蔵され続けています。2005年、BBCラジオ4の番組「トゥデイ」が実施した世論調査では、この絵が「イギリス人が最も愛する絵画」の第1位に選ばれました。かつてイギリスの20ポンド紙幣の図柄にも採用されたほか、2012年公開の映画『007 スカイフォール』にも印象的な形で登場しています。
よくある誤解
誤解①「ターナーは実際にこの曳航の様子を目撃して描いた」→ 実際は想像力によって場面を再構成したとされる
細部まで描き込まれた迫真の描写から、ターナー自身がこの光景を実際に目撃したと思われがちですが、実際には彼がこの曳航の現場に居合わせたという確証はなく、当時の新聞報道などを手がかりに、想像力によってこの場面を再構成したと考えられています。
誤解②「この絵は史実に忠実な情景を描いている」→ 実際は太陽の位置やマストの有無など、事実と異なる演出が加えられている
写実的な描写から史実に忠実な記録画だと思われがちですが、実際には太陽が地理的にありえない位置に沈むよう描かれているほか、当時すでに取り外されていたはずのマストや索具もあえて復元して描くなど、ターナーは正確さよりも感情的な効果を優先した演出を加えています。
FAQ
Q. 《解体されるために曳かれてゆく戦艦テメレール号》とはどんな作品ですか?
A. ターナーが1839年に発表した油彩画で、トラファルガーの海戦で活躍した老朽戦艦テメレール号が、蒸気タグボートに曳かれて解体場へ向かう最後の航海を描いています。ナショナル・ギャラリーが所蔵しています。
Q. テメレール号とはどんな船ですか?
A. 98門の大砲を備える戦列艦で、1805年のトラファルガーの海戦でネルソン提督の旗艦を援護し、敵艦2隻を拿捕する功績を上げましたが、老朽化により1838年に解体のため売却されました。
Q. なぜこの絵は帆船と蒸気船を対比させて描いているのですか?
A. 帆走の時代の終焉と、蒸気機関による新しい時代の到来という、当時イギリスで急速に進んでいた技術的な変化を象徴的に表現するためです。
Q. 《解体されるために曳かれてゆく戦艦テメレール号》はどこで見られますか?
A. イギリス・ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。
まとめ
《解体されるために曳かれてゆく戦艦テメレール号》は、かつてトラファルガーの海戦で活躍した老朽艦が、小さな蒸気タグボートに曳かれて解体場へと最後の航海をする様子を、燃えるような夕焼けの中に描くことで、帆走の時代の終焉と蒸気の時代の到来という、産業革命期イギリスの技術的な移り変わりを、壮麗な鎮魂歌として表現した作品です。


