《昇天祭の日にモーロ河岸に戻るブチントーロ》とは|カナレットが描いたヴェネツィアの海との結婚

《昇天祭の日にモーロ河岸に戻るブチントーロ(英:Return of the Bucentoro to the Molo on Ascension Day)》は、ヴェネツィアの都市景観画家カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)が1733年から34年ごろに手がけた油彩画で、現在はロイヤル・コレクション、バッキンガム宮殿に所蔵されている。ヴェネツィア共和国の年に一度の大祭を描いたこの絵は、荘厳な国家儀礼と、水辺を行き交う庶民の賑わいを同じ画面のなかに共存させている。今回はこの絵が描く「海との結婚」という儀式の由来と、画面に描き込まれた祝祭の情景について見ていく。

目次

基本情報

項目内容
作者カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル、1697〜1768)
制作年1733〜34年ごろ
技法・素材油彩・カンヴァス
所蔵ロイヤル・コレクション(バッキンガム宮殿)
主題ヴェネツィアの「海との結婚(スポザリツィオ・デル・マーレ)」の儀式

一言でいうと

金色に輝く国家の船が祝祭を終えて戻ってくる、その荘厳な瞬間の背後で、庶民は変わらずゴンドラを漕ぎ、市場をひやかしている。国家儀礼と日常が同時に息づく、ヴェネツィアという都市そのものの肖像。

制作背景

起源不明のヴェネツィア最大の祭典

この絵が描く儀式は、ヴェネツィア年間で最も重要な祝祭の一つとされる。その起源は諸説あり、ある伝承では西暦1000年の昇天祭の日、イストリア海岸沿いでヴェネツィアの権威を主張するために艦隊が出航したことを記念するものとされ、別の伝承では、教皇アレクサンデル3世が神聖ローマ皇帝フリードリヒ・バルバロッサとの対立においてドージェ、セバスティアーノ・ツィアーニを支持した謝礼として指輪を贈った出来事に由来するとされる(教皇と皇帝は1177年の昇天祭の日、サン・マルコ聖堂で和解している)。この儀式は「海との結婚(スポザリツィオ・デル・マーレ)」あるいは「昇天祭(フェスタ・デッラ・センサ)」として知られている。

金の指輪を海に投げ入れる儀式

この祭りでは、ドージェが黄金の指輪を海に投げ入れるという象徴的な儀式が執り行われた。この行為によって、ヴェネツィアと海との永続的な結びつきが毎年あらためて確認されることになる。カナレットはこの絵で、儀式そのものというより、荘厳な国家の船ブチントーロがその務めを終えてモーロ河岸へと戻ってくる瞬間を切り取っている。

カメラ・オブスクーラを思わせる精密さ

舞台美術家であった父から絵を学んだカナレットは、正確さと写実性を重視する都市景観画(ヴェドゥータ)という独自の様式を確立した。彼の緻密な建築描写は、カメラ・オブスクーラという投影装置を制作の補助に用いていたのではないかとも指摘されており、この絵にもその精密な観察眼が存分に発揮されている。

見どころ

深紅の旗をなびかせるブチントーロ

画面右、国家の儀式船ブチントーロが、金色の装飾と深紅の旗をなびかせながらモーロ河岸に近づいている。この船の壮麗さそのものが、ヴェネツィア共和国の権威と海洋国家としての誇りを象徴している。

ドゥカーレ宮殿と鐘楼

画面奥には、ゴシック様式のドゥカーレ宮殿と、サン・マルコ広場の鐘楼が描かれている。緻密な建築描写によって、この場面がヴェネツィアの中心地、サン・マルコ小広場であることが一目でわかるようになっている。

水面を行き交う無数の小舟

画面手前には、ゴンドラや小舟に乗った庶民たちが数多く描き込まれている。荘厳な国家儀礼のかたわらで営まれる日常の水上生活が、祝祭の華やかさに現実感を添えている。

河岸に並ぶ市場の露店

画面左のピアッツェッタには、市場の露店が立ち並ぶ様子も描かれている。国家的な儀式と庶民の商いが同じ画面のなかに共存するこの構成が、当時のヴェネツィアの暮らしを生き生きと伝えている。

実際に見るには

本作はロイヤル・コレクションの一部として、バッキンガム宮殿に所蔵されている。カナレットは同じ主題や類似の景観を繰り返し描いており、他のヴァージョンも複数の美術館やコレクションに分かれて所蔵されている。

よくある誤解

この絵はしばしば「ヴェネツィアの華やかな祭りを記録した絵画」として単純に紹介されがちだが、実際には国家的な儀礼の壮麗さと、庶民の日常的な営みという2つの異なる時間軸を、同じ画面のなかに緻密に織り込んだ作品である。単なる祝祭の記録としてではなく、都市そのものの重層的な生活を描いた総合的な肖像として見ることで、この絵の奥行きがより見えてくる。

FAQ

Q. 《昇天祭の日にモーロ河岸に戻るブチントーロ》はどこで見られますか?
ロイヤル・コレクションの一部として、バッキンガム宮殿に所蔵されている。

Q. この絵が描く儀式はどんなものですか?
ヴェネツィアが海との結びつきを確認する年に一度の祝祭「海との結婚」で、ドージェが金の指輪を海に投げ入れる儀式にまつわる場面を描いている。

Q. ブチントーロとは何ですか?
この儀式のためにヴェネツィア共和国が用いた、豪華な装飾を施した国家の儀式船である。

Q. カナレットはどうやってこれほど精密な建築描写を実現したのですか?
カメラ・オブスクーラという投影装置を制作の補助に用いていたのではないかと考えられている。

Q. この絵はいつごろ制作されましたか?
1733年から34年ごろに制作されたとされている。

まとめ

《昇天祭の日にモーロ河岸に戻るブチントーロ》は、ヴェネツィア最大の国家儀礼と、水辺を行き交う庶民の日常を同じ画面に共存させた1枚だ。緻密な建築描写と生き生きとした人々の営みの両方を通じて、カナレットはこの都市そのものの重層的な魅力を描き出している。

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