《聖マタイの召命》とは|光と影が生んだバロック美術の出発点を徹底解説

《聖マタイの召命》(1599〜1600年)は、カラヴァッジョがローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂のために描いた油彩画で、彼を無名の画家から一躍時代の寵児へと押し上げた、記念碑的な出世作です。薄暗い部屋に差し込む一筋の光が、キリストに召し出される徴税人マタイの姿を劇的に照らし出すこの絵は、公開されるやいなや大評判となり、連日多くの人々が一目見ようと教会に詰めかけたと伝えられています。この記事では、この作品の見どころ、「マタイは一体どの人物なのか」をめぐる今も続く論争、そしてミケランジェロへのオマージュまでを解説します。

目次

《聖マタイの召命》とは — 基本情報

項目内容
作者カラヴァッジョ(1571〜1610)
制作年1599〜1600年
技法・素材油彩・カンヴァス
サイズ322×340cm
所蔵サン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂(ローマ)
主題『マタイによる福音書』9章9節、徴税人マタイがキリストに召し出される場面

一言でいうと 《聖マタイの召命》は、劇的な明暗のコントラストによって、日常の一瞬に差し込む神の啓示を描き出し、カラヴァッジョを無名の画家から一夜にして時代の寵児へと押し上げた、バロック美術の出発点となる傑作である。

制作背景 — なぜこの作品が生まれたのか

30年越しの礼拝堂装飾計画

コンタレッリ礼拝堂は、フランス人枢機卿マッテオ・コンタレッリが1565年、自身の墓所として取得した礼拝堂です。彼は自らの名にちなむ聖マタイを主題とする装飾を画家ジローラモ・ムツィアーノに依頼しますが、計画はなかなか進みませんでした。コンタレッリの死後、ようやく1599年7月、当時無名だったカラヴァッジョに、この礼拝堂を飾る2点の大作《聖マタイの召命》と《聖マタイの殉教》が依頼されます。この委嘱には、カラヴァッジョのパトロンであったフランチェスコ・マリア・デル・モンテ枢機卿の尽力があったと伝えられています。当時のローマでは異例なことに、カラヴァッジョがフレスコ画を描けなかったため、伝統的なフレスコではなく大きなキャンバス画として制作されました。

一夜にしての大評判

1600年に公開されたこの2作は、たちまち大評判となります。連日多くの人々がこの絵を一目見ようと教会に押し寄せ、カラヴァッジョの名前は一夜にしてローマ中に知れ渡りました。それまで宗教画に限らず幅広い作品を手がけていた無名の画家は、この依頼をきっかけに、一躍ローマで最も有名な画家の一人へと躍り出たのです。

見どころ徹底解説

《聖マタイの召命》

構図 — 劇的な光の演出

薄暗い部屋の中、画面右側から差し込む一筋の光が、机を囲む人々の顔を鮮やかに浮かび上がらせています。キリストは「わたしに従いなさい」と言いながら手を差し伸べ、その傍らで聖ペテロが同じ仕草でこれに応じています。この強烈な明暗のコントラスト(キアロスクーロ)は、日常の薄暗い酒場のような空間に、神の啓示という非日常が差し込む瞬間を、鮮烈に演出しています。

技法 — ミケランジェロへのオマージュ

キリストが指を差し伸べるこの仕草は、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂天井に描いた《アダムの創造》における、神からアダムへと伸ばされる手の構図を、左右反転させて引用したものだとされています。堕落した最初のアダムに対し、「第二のアダム」として人類を救うキリストの役割を、この引用によって暗示していると考えられています。

図像学 — 「マタイは誰なのか」をめぐる論争

この絵最大の謎は、机を囲む5人のうち、誰が徴税人マタイなのかという点です。長らく、中央で髭を蓄え、左手を自分の胸に当てて「私のことですか?」と問いかけるような仕草をしている人物がマタイだとされてきました。彼の右手はまだコインを数える動作を続けていますが、机の下では右膝と右足がわずかに持ち上がっており、すでに立ち上がろうとしているようにも見えます。一方、近年の研究では、視線を伏せてひたすらコインを数え続ける、末席の若者こそがマタイであり、髭の人物の指はその若者を指し示しているのではないか、という新しい解釈も提示されており、この論争は今も決着していません。机を囲む人物たちの服装は、当時の一般的な庶民の服ではなく、カラヴァッジョのパトロンであったデル・モンテ枢機卿らの邸宅に仕える従者の「お仕着せ」ではないかとも指摘されています。

💡 ここに注目(編集部より) この絵を見るときは、ぜひ「自分ならどの人物がマタイだと思うか」を考えながら鑑賞してみてください。中央の髭の人物か、それとも末席でうつむく若者か——正解が一つに定まらないこの謎こそが、カラヴァッジョが意図的に仕込んだ、鑑賞者への挑戦なのかもしれません。

作品の来歴

コンタレッリ礼拝堂には、《聖マタイの召命》(向かって左側)、《聖マタイの殉教》(向かって右側)、そして祭壇中央には《聖マタイと天使》が掲げられています。もともと祭壇には彫刻家コバールトによる大理石彫刻が予定されていましたが、12年以上経っても完成せず、代わりにカラヴァッジョが絵画で制作することになりました。カラヴァッジョが最初に手がけた祭壇画は、聖マタイの描写が品位に欠けるとして受け取りを拒否され、より穏当な構図に描き直した第2ヴァージョンが、現在も同じ場所に飾られています。3作とも、制作当初からこの礼拝堂に置かれ続けており、現在まで移動していません。

評価と影響

《聖マタイの召命》は、カラヴァッジョが確立した劇的な明暗表現(テネブリズム)の代表例として、美術史上「バロック美術への扉を開いた記念碑的作品」と位置づけられています。この様式は、以後多くの画家たち(カラヴァッジェスキ)に受け継がれ、ヨーロッパ絵画全体に大きな影響を与えました。

実際に見るには

ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂で、今も無料で鑑賞することができます。礼拝堂内は薄暗いため、コイン式の照明設備が設置されている場合があります。訪問前に開館時間を確認することをおすすめします(最終確認日:2026年7月10日)。

よくある誤解

誤解①「絵の中でマタイが誰かは、はっきりと確定している」→ 今も研究者の間で意見が分かれている

長年、中央の髭の人物がマタイだと広く信じられてきましたが、近年の研究では、末席でうつむく若者こそがマタイなのではないかという、異なる解釈も提示されています。この問題は今も学術的に決着しておらず、単一の「正解」があるわけではありません。

誤解②「この絵は最初から高く評価され、順調に完成した」→ 対をなす祭壇画は一度拒否されている

《聖マタイの召命》自体は大評判を博しましたが、同じ礼拝堂のために描かれた祭壇画《聖マタイと天使》の最初のバージョンは、聖マタイの描写が品位に欠けるとして受け取りを拒否されています。カラヴァッジョは描き直しを余儀なくされており、すべての作品が一度で受け入れられたわけではありませんでした。

FAQ

Q. 《聖マタイの召命》とはどんな作品ですか?
A. カラヴァッジョが1599年から1600年にかけて制作した、キリストが徴税人マタイを弟子として召し出す場面を描いた油彩画です。ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂に所蔵されています。

Q. 絵の中で誰がマタイなのですか?
A. 長らく中央の髭の人物だとされてきましたが、近年の研究では末席の若者こそがマタイではないかという説も提示されており、今も議論が続いています。

Q. なぜこの絵はカラヴァッジョにとって重要な作品なのですか?
A. 無名だったカラヴァッジョにとって初の公的な大仕事であり、公開されるとたちまち大評判となって、彼を一夜にして時代の寵児へと押し上げたためです。

Q. 《聖マタイの召命》はどこで見られますか?
A. ローマのサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会コンタレッリ礼拝堂で、無料で鑑賞することができます。

まとめ

《聖マタイの召命》は、劇的な明暗のコントラストによって、日常の一瞬に差し込む神の啓示を描き出した、バロック美術の出発点となる傑作です。無名の画家だったカラヴァッジョを一夜にして時代の寵児へと押し上げたこの作品には、ミケランジェロへのオマージュや、「マタイは誰なのか」という今なお解けない謎が込められています。400年以上を経てなお議論を呼び続けるこの絵は、鑑賞者自身に解釈を委ねる、開かれた傑作なのです。

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