《パンドラ》(1896年)は、イギリスの画家ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスによる油彩画で、現在は個人が所蔵する作品です。森の中、切り株の上に置かれた金の箱に手をかけた女性が、蓋を開けようとしている瞬間が描かれています。この記事では、この神話がどのような物語を伝えているのか、そしてウォーターハウスがなぜ「開ける前」の一瞬を選んで描いたのかを解説します。
ウォーターハウス《パンドラ》とは|基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作者 | ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス |
| 制作年 | 1896年頃 |
| 技法・素材 | 油彩・カンヴァス |
| サイズ | 152×91cm |
| 所蔵 | 個人蔵 |
| ジャンル | 神話画 |
| 主題 | ギリシャ神話のパンドラ |
一言でいうと 《パンドラ》は、あらゆる災いが飛び出す直前の一瞬をとらえることで、人間の抑えがたい好奇心とその代償という神話の核心を、静止した緊張感の中に閉じ込めた作品である。
制作背景|なぜこの作品は生まれたのか
ギリシャ神話に伝わるパンドラの物語
パンドラは、ギリシャ神話に登場する人類最初の女性です。プロメテウスが天上の火を人間に与えたことに激怒したゼウスは、この過ちの報復として、あらゆる魅力を与えられた女性パンドラを創造させ、プロメテウスの弟エピメテウスのもとへ送りました。プロメテウスは弟に「ゼウスからの贈り物を受け取ってはならない」と警告していましたが、エピメテウスはパンドラの美しさに抗えず、彼女を妻に迎えます。ゼウスはパンドラに、決して開けてはならないという箱(あるいは壺)を持たせており、パンドラは持ち前の好奇心に負けてこれを開けてしまい、中に閉じ込められていた疫病や貧困、怒り、悲しみといったあらゆる災いが世界に飛び出したと伝えられています。最後に箱の底に残ったのが「エルピス」、すなわち希望であったとされますが、これが人間に残された救いなのか、それとも来るべき不幸への予兆なのかは、古代から解釈が分かれています。
ラファエル前派の系譜の中で
パンドラという主題は、古代から西洋美術で繰り返し描かれてきたモチーフであり、ラファエル前派の画家ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティも同じ主題を手がけています。ウォーターハウスはロセッティらの後継世代にあたる「現代のラファエル前派」と呼ばれる画家であり、神話や文学に取材した女性像を数多く描きました。本作もこうした系譜の中に位置づけられる作品です。
見どころ徹底解説

蓋に手をかけた決定的な瞬間
画面には、精巧な装飾が施された金の箱の蓋に手をかけ、まさに開けようとする瞬間のパンドラが描かれています。物語の結末である「災いが飛び出す場面」ではなく、その直前の緊張した一瞬を選んで描くことで、見る者は彼女の好奇心と、これから起こる出来事への予感を同時に感じ取ることになります。
見上げる視線と青い衣
パンドラは箱の蓋を見上げるように顔を傾け、その表情には好奇心と緊張がないまぜになった様子がうかがえます。深い青色の衣をまとった姿は、周囲の暗い森の色調の中でひときわ目を引き、画面全体の視線を彼女へと集中させています。
箱そのものに施された装飾
パンドラが手をかける箱には、太陽を思わせる顔の意匠や星型の文様など、精巧な装飾が施されています。この箱自体が単なる小道具ではなく、神々からの贈り物としての特別な意味を帯びていることを、視覚的に伝える役割を果たしています。
評価と影響
本作は、ウォーターハウスが手がけた数多くの神話画の中でも、人間の心理的な緊張の一瞬をとらえた作品として知られています。ラファエル前派の伝統を受け継ぎながらも、物語のクライマックスそのものではなく、その直前の心理的な瞬間を選んで描くという手法は、ウォーターハウスの多くの作品に共通する特徴です。現在、本作は個人の所蔵品となっており、常設の美術館では公開されていません。
実際に見るには
本作は現在、個人の所蔵品となっており、常設展示はありません。鑑賞を希望される場合は、貸与展示などの最新情報を確認することをおすすめします。
よくある誤解
誤解①「パンドラが開けたのは箱ではなく壺だった」→ 古典の原典では「壺」、後世に「箱」として広まった
「パンドラの箱」という呼び名は広く定着していますが、古代ギリシャの原典であるヘシオドスの記述では、パンドラが開けたのは「壺」であったとされています。「箱」というイメージが定着したのは後世の解釈によるものです。ウォーターハウスの本作も、広く知られた「箱」のイメージに沿って描かれています。
誤解②「パンドラは単なる愚かな好奇心の象徴」→ ゼウスの計画の一部だったとする解釈もある
パンドラの好奇心が災いを招いたとする物語の筋書きから、彼女はしばしば軽率さの象徴として語られます。しかし一部の解釈では、ヘルメスがパンドラに「偽り」の性質を吹き込んだとされる記述をもとに、箱を開けてしまうこと自体がゼウスの計画の一部であったとする見方も示されています。
FAQ
Q. 何が描かれていますか?
A. 森の中、切り株の上に置かれた金の箱の蓋に手をかけ、開けようとする瞬間のパンドラの姿です。
Q. 作者はどんな画家ですか?
A. ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス(1849〜1917)。イギリスの画家で、「現代のラファエル前派」と呼ばれ、神話や文学に取材した女性像を数多く手がけました。
Q. パンドラはなぜ箱を開けてしまったのですか?
A. 持ち前の好奇心に負けたためとされていますが、一部の解釈では、これ自体がゼウスの計画に組み込まれた出来事だったとも考えられています。
Q. どこで見られますか?
A. 現在は個人の所蔵品となっており、常設展示はありません。鑑賞を希望する場合は最新の貸与情報をご確認ください。
まとめ
《パンドラ》は、あらゆる災いが飛び出す直前の一瞬を選んで描くことで、好奇心とその代償という神話の核心を凝縮した作品です。蓋に手をかけたまま静止するパンドラの姿には、まだ何も起きていないという事実そのものが、この上ない緊張感を生み出しています。
