キリストの亡骸が、二人の男の腕に支えられながら、石の台座へと下ろされていきます。その台座の角は画面の外、見る者の側へと突き出すように描かれ、まるで自分自身がこの埋葬の場に立ち会っているかのような錯覚を起こさせます。《キリストの埋葬》(1602〜1604年)は、イタリア・バロックを代表する画家カラヴァッジョによる油彩画で、バチカン絵画館(ピナコテカ・ヴァティカーナ)が所蔵しています。ローマの一教会の礼拝堂のために描かれたこの祭壇画は、後にルーベンスやセザンヌをはじめとする数々の画家たちに模写された、カラヴァッジョ屈指の傑作です。
基本情報
作者:カラヴァッジョ(ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ、1571〜1610)
制作年:1602〜1604年頃(1601年に依頼を受ける)
技法・素材:油彩・カンヴァス
サイズ:約300×203cm
所蔵:バチカン絵画館(バチカン市国)
依頼主:ジローラモ・ヴィットリーチェ(ローマの貴族)
制作元の教会:キエーザ・ヌオーヴァ(サンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ聖堂)
一言でいうと
《キリストの埋葬》は、十字架から降ろされたキリストの亡骸を、ニコデモと福音記者ヨハネが石の台座へと下ろす瞬間を描いた作品です。聖母マリアをはじめとする女性たちが、その傍らで悲しみに沈む姿とともに描かれており、この場面はローマのキエーザ・ヌオーヴァにあるヴィットリーチェ家の礼拝堂のために制作されました。
制作背景
この絵は1601年、ローマの貴族ジローラモ・ヴィットリーチェによって依頼され、彼の一族の礼拝堂(ピエタ礼拝堂)の祭壇画として計画されました。この礼拝堂は、教皇グレゴリウス13世と親しく、聖フィリッポ・ネリの信奉者でもあったピエトロ・ヴィットリーチェによって設立された、特別な赦しが与えられる特権的な場所でした。
カラヴァッジョはこの絵の構図を練るにあたり、サン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロの《ピエタ》から着想を得たとされています。キリストの体を支える手が、脇腹の傷口をつかむように描かれている点も、この先行作への意識的な参照と考えられます。本名をミケランジェロ・メリージといったカラヴァッジョは、自らを「新しい世紀のミケランジェロ」たらんとしていたとも伝えられており、この絵はまさにその野心が形になった一枚と言えるでしょう。この作品を境に、カラヴァッジョの画業は宗教的な主題を中心に据えるようになっていきます。
見どころ

迫り出す石の台座
画面の下部に描かれた石の台座の角は、画面の枠を越えて、見る者の側へと突き出すように配置されています。この大胆な構図によって、鑑賞者はまるで自分がその場に居合わせているかのような、強い臨場感に引き込まれます。
重みを持って沈む体
キリストの体は、下降するようなゆるやかで重たい動きの中で描かれています。青白い肉体が石の角へと沈み込んでいく様子には、演出された悲劇性ではなく、本物の埋葬が持つ生々しい重さが宿っています。背景には風景も空もなく、ただ深い闇を背に、人物たちだけが強い光に照らし出されています。
石板と祭壇の重なり
キリストが横たえられる石板は、その形状から祭壇そのものを連想させます。実際にこの絵が飾られていた礼拝堂では、ミサが執り行われる祭壇のすぐ上にこの絵が掛けられており、礼拝する人々の目には、まさに目の前の祭壇の上にキリストの体が置かれているかのように映ったはずです。絵画と典礼とを直接結びつけるこの仕掛けこそ、この作品の宗教的な力の源泉になっています。
評価と受容
《キリストの埋葬》はカラヴァッジョの最も高く評価された祭壇画の一つとされ、ルーベンス、フラゴナール、ジェリコー、セザンヌといった、時代も作風も異なる数々の画家たちがこの構図を模写・翻案しています。1797年、ナポレオンによるローマ占領の時期にこの絵はもとの礼拝堂から運び出され、1815年から16年にかけて返還された後も、なぜか元の礼拝堂には戻らず、バチカン絵画館の所蔵品となりました。現在、キエーザ・ヌオーヴァの礼拝堂にはこの絵の複製が掛けられており、オリジナルはバチカンで鑑賞することができます。
よくある誤解
誤解①「この絵は最初からバチカン絵画館のために描かれた」→ 実際はローマの一教会の礼拝堂のために制作された
バチカンという格式高い所蔵先から、当初からそこに飾られる目的で描かれたと思われがちですが、実際にはこの絵はキエーザ・ヌオーヴァのヴィットリーチェ家の礼拝堂のために依頼され、ナポレオン占領期の接収と返還を経て、結果的にバチカンに収まることになりました。
誤解②「石の台座は単なる背景の一部にすぎない」→ 実際は礼拝堂の祭壇そのものと重なるよう意図されている
画面構成上の一要素として見過ごされがちですが、実際にはこの石板は、絵が掛けられていた礼拝堂の実際の祭壇と視覚的に連続するよう計算されており、キリストの体が今まさに祭壇の上に置かれているかのような効果を狙っています。
FAQ
Q. 《キリストの埋葬》とはどんな作品ですか?
A. カラヴァッジョが1602年から1604年にかけて手がけた油彩画で、十字架から降ろされたキリストの亡骸を、ニコデモとヨハネが石の台座へ下ろす場面を描いています。バチカン絵画館が所蔵しています。
Q. なぜこの絵は元の礼拝堂に戻らなかったのですか?
A. ナポレオンによるローマ占領期に接収されてパリへ運ばれ、1815年から16年に返還された後も、なぜか元のキエーザ・ヌオーヴァには戻されず、バチカン絵画館の所蔵品となりました。
Q. 石の台座にはどんな意味が込められていますか?
A. この石板は祭壇を連想させる形状で描かれており、実際に絵が飾られていた礼拝堂の祭壇と視覚的に重なるよう意図されていたと考えられています。
Q. 《キリストの埋葬》はどこで見られますか?
A. バチカン市国のバチカン絵画館が所蔵しています。元の礼拝堂(ローマのキエーザ・ヌオーヴァ)には現在、複製が飾られています。
まとめ
石板の角が画面を突き破るように迫り出してくるこの構図は、400年以上前の礼拝堂で祈りを捧げた人々にとって、単なる絵画鑑賞ではなく、埋葬の現場そのものに立ち会う体験だったのかもしれません。祭壇と一体化するよう計算されたこの一枚が、時代を経て教会を離れバチカンに収まったという巡り合わせも、カラヴァッジョの作品らしい数奇な運命と言えるでしょう。

